ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

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066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

『幸福なモスクワ』アンドレイ・プラトーノフ/池田嘉朗訳

And let me play among the stars 「俺は別に、」とコミャーギンは言った。「俺はだって、生きているわけじゃない、俺はただ人生に巻き込まれただけなんだよ、どうしてだか、この件に引っぱり込まれたんだ…でもまったく無駄にね!」(p.106) <<感想>> これは…

065『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂訳

だからまだ ここで光が差すまで 家具を焼き、何千という本を焼き、絵画は全部焼いた。絶望があまりに深くなったある日、とうとうこのムクバル族を壁から下ろした。絵を掛けていた釘を引き抜こうとした。・・・そのときふと思った。この小さな釘が壁を支えて…

『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ/西村英一郎訳

あの日 目を覆った 隣のあなたは微笑む 戦争やイスラエルの国境での紛争でマスカリータに弾があたっていないように、私はタスリンチに頼んだ。(p.148) <<感想>> 文学などという一介のエンターテイメントが、なぜ大学で研究なぞされているのだろうか。 それは…

『ナボコフ全短篇』①「ナボコフの一ダース」ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

シャガールみたいな青い夜 経験上、短篇集の感想を書くのは大変だと知っているので、これまで避けていた作品集。 しかし、今回この鈍器オブ鈍器、作品社の漬物石【参考リンク】こと『ナボコフ全短篇』を再読する機会が訪れたので、これを気にブログで取り上…

『路上の陽光』ラシャムジャ/星泉訳

ナツメロのように聴くあなたの声はとても優しい ぼくが子どもの頃、村の年寄りたちは日向ぼっこをしながらマニ車を回していた。その頃はまだ、時という風は今ほど速くはなかった気がする。昼と夜は年寄りたちが回すマニ車のように繰り返しやってきて、果てし…

072『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル/堤幸訳

ほんの一夜の物語を行こう! 「すでに記されていて、書き換えることのできないものに乾杯!」(p.18) <<感想>> イラン文学、である。 しかし、この物語をイラン文学と規定するのは、同じくイランに出自を持つ『千一夜物語』をイラン文学と規定するのと同じだ…

3-05『短篇コレクションI』フリオ・コルタサル他/木村榮一他訳

二人ここから 遠くへと逃げ去ってしまおうか 冒頭に引用が来ないとしっくりこないね!でも、アンソロジーなので、引用は各作品の項目ですることにしました。また今回は概要/背景/本のつくり欄も省略で、書きたい部分だけ各作品の項目で触れています。 本巻は…

035『エウロペアナ 二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一・篠原琢訳

いつのことだか思い出してごらん ドイツ人は毒ガスを発明し、イギリス人は戦車を発明し、科学者は同位体元素や一般相対性理論を発見した。この理論によると、形而上学的なものは一切なく、すべては相対的であるという。(p.5) <<感想>> 「二〇世紀史概説」で…

『バベットの晩餐会』イサク・ディーネセン/桝田啓介訳

好きなの?って訊けたらいいのにね すぐれた芸術家というものは、お嬢さま、みなさんにはどうしてもお分かりいただけないものを持っているのです(p.91) <<感想>> だいぶ前に『アフリカの日々』を読んでお気に入りだったディーネセン。 このブログにも何度か…

『トリストラム・シャンディ』ロレンス・スターン/朱牟田夏雄訳

行儀よくまじめなんて出来やしなかった かりに私が・・・私の統治する王国をえらぶことをゆるされたとしたら、・・・私は心から笑う国民たちの国をえらびましょう。・・・私がもう一つ私の祈願に加えたいのは――神がわが統治する国民たちに、陽気であると同時…

『ネイティヴ・サン』リチャード・ライト/上岡伸雄訳

線をひかれた ここからキミ入れないと 映画館では、努力せずに夢を見られる。やらなければならないのは、座席の背もたれに寄りかかり、目を開けていることだけ。(p.27) <<感想>> 怖い怖い怖い怖い。本作の第一部のタイトルはそのまま「恐怖」。 何が怖いって…

3-01『わたしは英国王に給仕した』ボフミル・フラバル/阿部賢一訳

おまえの手で漕いでゆけ お金を出せば、美女だけではなく、ポエジーも買うことができるのだ。(p.19) <<感想>> 最初に宣言しよう。この作品はおススメである。 それも、高校生くらいの方が読むと面白いんじゃなかろうか。もっといえば、家庭や学校の方針でア…

2-12『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス/池内紀訳

その時は笑って虹の彼方へ放つのさ そのときどきの出来事が表面では貪欲にからみ合う糸となって物語をつくっていても、裏ではすでに歴史に編み込まれていたとしても、やむをえないことだろう。(p.388) <<感想>> なんとなくの設定は知っているけど読んでない…

『オデッサ物語』イサーク・バーベリ/中村唯史訳

渦巻く血潮を燃やせ この世界のありとあらゆるできごとを、このうえなく陳腐で平凡な話も含めて、私は不可思議な物語に作り変えることができた。(p.109) <<感想>> 最近私の中では20世紀前半のロシア文学がブーム。 ロシア文学ファンの中でも、プーシキンに始…

『黄金虫変奏曲』リチャード・パワーズ/森慎一郎・若島正訳

思いのすべてを歌にして 他の何は調べられても、価値を調べ出すことはできない。(p.33) 科学の目的は制御じゃない。・・・支配じゃない、畏敬なんだ。(p.547) 私たちは情報から知を抽出したけれど、それでは足りない。・・・私たちに必要なのはあれだ、・・…

2-11『ヴァインランド』トマス・ピンチョン/佐藤良明訳

君はドレスに裸足のままで 六〇年代の政治闘争、ドラッグ、セックス、ロックンロール、みんなぶちこんだ映画つくンノ、これがワシらの野望でな。(p.70) <<感想>> きっとたぶん全部『重力の虹』が悪い。 重厚長大難解。全部嘘だ。むしろ軽妙にしてスピーディ…

『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊』ガイト・ガズダーノフ/望月恒子訳

ふたりでひとつになれちゃうことを <<感想>> ガズダーノフって誰? 本書はこの作家の本邦初の翻訳作品であるため、この記事を書くのにこの話題から始めないわけにはいかないだろう。 ガイト・ガズダーノフは、オセット人*1の両親のもと、1903年にペテルブル…

2-09②『黄金探索者』J・M・G・ル・クレジオ/中地義和訳

世間のしくみにとても勝てないから こうしてある日、殺戮と武勲を重ねたあと彼はかつての場所に戻ってきて、自分の創造したものを破壊した。ついに自由を得るために。(p.480) <<感想>> 危うく古来より伝わる秘儀・壁本を繰り出してしまうところだった。途中…

『『その他の外国文学』の翻訳者』白水社編集部編

僕の前に道はない僕の後ろに道は出来る チェコの文学に限らず、相互関係やフィードバックがあるのが現代の文学なのだ。(p.209) <<感想>> フランシスコ・ザビエルが何人だかご存じだろうか?スペイン人?ポルトガル人?私も意識したことはなかったが、正解は…

2-08①『パタゴニア』ブルース・チャトウィン/芹沢真理子訳

投げ出さないこと信じぬくこと 「パタゴニア!」彼は叫んだ。「手ごわい女主人だ。彼女は魔法をかける。魅惑的だ。君をその手でとらえて、けっして放さない」(p.47) <<感想>> 私は旅行が苦手だ。 長距離の移動もさることながら、"sight-seeing"に興味が持て…

『魅惑者』ウラジーミル・ナボコフ/後藤篤訳

空と君とのあいだに 夢によくあるように、この細部には何かしらの意味が煌めいている。(p.516) <<感想>> 本作は、未来永劫公平な評価をされることはないだろう。細かい経緯は後で背景欄に示すが、本作は『ロリータ』【過去記事】の習作的な作品として位置づ…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

2-05『クーデタ』ジョン・アップダイク/池澤夏樹訳

Imagine there's no countries おまえはエクソンによって抹消され、ガルフに巻き込まれ、アメリカによって押しつぶされ、フランスによって公民権を剥奪される。(p.264) “You will be Xed out by Exxon,engulfed by Gulf,crushed by the U.S.,disenfranchised…

2-03②『軽蔑』アルベルト・モラヴィア/大久保昭男訳

振り返れば奴がいる 「だけど、昨日きみはこの住居が好きだって言ったじゃないか」 「あなたを喜ばすために言っただけよ・・・。あなたこそこの家に執着していると思ったから・・・。」(p.302) <<感想>> 既婚男性にはツラい小説である。 それは本作が、妻に…

2-01②『サルガッソーの広い海』ジーン・リース/小沢瑞穂訳

名前をつけてやる 「あれは白いゴキブリの歌。私のことよ。彼らがアフリカで身内から奴隷商人に売られてやってくる前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。イギリスの女たちも私たちのことを白い黒んぼって呼ぶんですってね。だから、あなたといる…

『ディフェンス』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ヘッセじゃないほうのクヌルプ 「唯一の出口だよ」と彼は言った。「ぼくはゲームを放棄する」(p.260) <<感想>> 「かまいたちの夜」というテレビゲームをご存知だろうか。 もとは確かスーパーファミコンのソフトとして発売されたのだと思う。 ゲームなど知ら…

『処刑への誘い』ウラジーミル・ナボコフ/小西昌隆訳

ナボコフ ドストエフスキー殺しの文学 ・・・私は犯罪的な直感で、どう言葉が組み立てられ、どうふるまえば、日常の言葉が賦活され、隣からその輝きや熱や影を借り、みずからも隣の言葉に反映しつつ、それをそうした反映によって一新させる―おかげで行全体が…

『パンタグリュエル ガルガンチュアとパンタグリュエル2』フランソワ・ラブレー/宮下志朗訳

共同条理の原理の嘘 ・・・かの哲学者とアウルス・ゲッリウスが述べているごとく、われわれは常用の言語を話さなくてはいけないのだ。(6章、p.84) <<感想>> 以前の記事をお読みいただけたからなら早速お気づきいただいたかと思うが、岩波版を箱付きで全巻買…