ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

思想を感じる

066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス/鼓直訳

きっかけは錯覚でもいいから 「聖書を信じるくらいですもの。わたしの話だって信じるはずだわ」(p.346) <<感想>> 今回は、だいぶ昔に読んだ作品の再読をしてブログのコンテンツを充実させるシリーズの第?段『百年の孤独』。そう、傑作である。 猫ならまだし…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

『幸福なモスクワ』アンドレイ・プラトーノフ/池田嘉朗訳

And let me play among the stars 「俺は別に、」とコミャーギンは言った。「俺はだって、生きているわけじゃない、俺はただ人生に巻き込まれただけなんだよ、どうしてだか、この件に引っぱり込まれたんだ…でもまったく無駄にね!」(p.106) <<感想>> これは…

『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ/西村英一郎訳

あの日 目を覆った 隣のあなたは微笑む 戦争やイスラエルの国境での紛争でマスカリータに弾があたっていないように、私はタスリンチに頼んだ。(p.148) <<感想>> 文学などという一介のエンターテイメントが、なぜ大学で研究なぞされているのだろうか。 それは…

072『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル/堤幸訳

ほんの一夜の物語を行こう! 「すでに記されていて、書き換えることのできないものに乾杯!」(p.18) <<感想>> イラン文学、である。 しかし、この物語をイラン文学と規定するのは、同じくイランに出自を持つ『千一夜物語』をイラン文学と規定するのと同じだ…

035『エウロペアナ 二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一・篠原琢訳

いつのことだか思い出してごらん ドイツ人は毒ガスを発明し、イギリス人は戦車を発明し、科学者は同位体元素や一般相対性理論を発見した。この理論によると、形而上学的なものは一切なく、すべては相対的であるという。(p.5) <<感想>> 「二〇世紀史概説」で…

3-03『ロード・ジム』ジョゼフ・コンラッド/柴田元幸訳

HEART燃えているなら 後悔しない 「・・・嘘ではない、けれど真実でもない。何というか・・・。真っ赤な嘘だったらすぐわかりますよね。この事件、正しいことと間違ったことの間には、紙一枚の幅もなかったんです」(p.143) <<感想>> 私以外にもそういう人は…

『ネイティヴ・サン』リチャード・ライト/上岡伸雄訳

線をひかれた ここからキミ入れないと 映画館では、努力せずに夢を見られる。やらなければならないのは、座席の背もたれに寄りかかり、目を開けていることだけ。(p.27) <<感想>> 怖い怖い怖い怖い。本作の第一部のタイトルはそのまま「恐怖」。 何が怖いって…

3-02『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄・阿部優子・武井摩利訳

絵もない花もない飾る言葉も 彼らの存在の危うさ、はかなさ、存在の目的と意味について考える。存在意義など、だれも—彼ら自身でさえも―問うたりしないのだが。(p.321) <<感想>> どうせこの第3集って、目玉はフラバルでしょ?という(大方の)見方を見事に…

『犬の心』ミハイル・ブルガーコフ/石井信介訳

パニックパニックパニックみんなが慌ててる 理論的には興味深い研究ですよ。・・・でも、実際面の成果は?(p.150) <<感想>> 今日は『一九八四年』の話から始めてみたい。 昔々、哲学科の学生だった頃、飲み会の席で文学の話が出たことがある。 まず話に出た…

2-12『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス/池内紀訳

その時は笑って虹の彼方へ放つのさ そのときどきの出来事が表面では貪欲にからみ合う糸となって物語をつくっていても、裏ではすでに歴史に編み込まれていたとしても、やむをえないことだろう。(p.388) <<感想>> なんとなくの設定は知っているけど読んでない…

『黄金虫変奏曲』リチャード・パワーズ/森慎一郎・若島正訳

思いのすべてを歌にして 他の何は調べられても、価値を調べ出すことはできない。(p.33) 科学の目的は制御じゃない。・・・支配じゃない、畏敬なんだ。(p.547) 私たちは情報から知を抽出したけれど、それでは足りない。・・・私たちに必要なのはあれだ、・・…

『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊』ガイト・ガズダーノフ/望月恒子訳

ふたりでひとつになれちゃうことを <<感想>> ガズダーノフって誰? 本書はこの作家の本邦初の翻訳作品であるため、この記事を書くのにこの話題から始めないわけにはいかないだろう。 ガイト・ガズダーノフは、オセット人*1の両親のもと、1903年にペテルブル…

2-09②『黄金探索者』J・M・G・ル・クレジオ/中地義和訳

世間のしくみにとても勝てないから こうしてある日、殺戮と武勲を重ねたあと彼はかつての場所に戻ってきて、自分の創造したものを破壊した。ついに自由を得るために。(p.480) <<感想>> 危うく古来より伝わる秘儀・壁本を繰り出してしまうところだった。途中…

2-09①『フライデーあるいは太平洋の冥界』ミシェル・トゥルニエ/榊原晃三訳

誰も触われない二人だけの国 太陽よ、わたしをフライデーに似せてくれ。笑いで明るくされ、まったく笑うのに適しているフライデーの顔をわたしにあたえてくれ。(p.175) <<感想>> 期待していた作品。そして期待通りの作品。今回は褒めるでぇ! 昔から、それこ…

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ 物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309) <<感想>> いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。 「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

2-04『アメリカの鳥』メアリー・マッカーシー/中野恵津子訳

あのひとのママに会うために 「田舎の店って、ただの配給センターなの?」と母はわめいた。「それなら社会主義のほうがましね。ポーランドやハンガリーみたいに国営店のほうが」ピーターは眉をひそめた。鉄のカーテンの向こう側で演奏して以来、母は共産主義…

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』奈倉有里著

ロシア的倒置法 ペテルブルグのエレーナ先生の授業で詩を教わってから、詩は私にとってずっとエレーナ先生がくれた魔法の続きだった。(p.122) <<感想>> 『SLAM DUNK』という漫画がある。 何も今更説明するのもなんだが、ジャンプでバスケな国民的漫画作品で…

2-02②『カッサンドラ』クリスタ・ヴォルフ/中込啓子訳

闘いからの卒業 アンキセスはかつて言っていた。ギリシャ人にとって、あのいまいましい鉄の発明よりもっと重要なのは、感情移入の才能であったかもしれないのにな、と。ギリシャ人は、善と悪という鉄の概念を自分たちばかりに適用しているわけではない。そう…

『ルーヂン』イワン・ツルゲーネフ/中村融訳

SAY YES この間、ある紳士と一緒に渡船でオカ河を渡ったことがありましたが、渡船がけわしい崖についたので、馬車を手で引き上げなければならなくなりました。紳士のは恐ろしい重い幌馬車なのです。渡し人夫たちがその幌馬車を岸へ引き上げようとしてふうふ…

2-02①『失踪者』フランツ・カフカ/池内紀訳

若き失踪者のアメリカ 「そのことじゃないんです」 と、カールは言った。 「正義が問題なんです」(p.37) <<感想>> 『失踪者』である。『アメリカ』ではない。 私は学生の頃、本作のタイトルを『アメリカ』として認識していた。これは文庫で出ていた訳本が『…

2-01②『サルガッソーの広い海』ジーン・リース/小沢瑞穂訳

名前をつけてやる 「あれは白いゴキブリの歌。私のことよ。彼らがアフリカで身内から奴隷商人に売られてやってくる前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。イギリスの女たちも私たちのことを白い黒んぼって呼ぶんですってね。だから、あなたといる…

『ディフェンス』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ヘッセじゃないほうのクヌルプ 「唯一の出口だよ」と彼は言った。「ぼくはゲームを放棄する」(p.260) <<感想>> 「かまいたちの夜」というテレビゲームをご存知だろうか。 もとは確かスーパーファミコンのソフトとして発売されたのだと思う。 ゲームなど知ら…

『処刑への誘い』ウラジーミル・ナボコフ/小西昌隆訳

ナボコフ ドストエフスキー殺しの文学 ・・・私は犯罪的な直感で、どう言葉が組み立てられ、どうふるまえば、日常の言葉が賦活され、隣からその輝きや熱や影を借り、みずからも隣の言葉に反映しつつ、それをそうした反映によって一新させる―おかげで行全体が…

2-01①『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ/鴻巣友季子訳

時間よ止まれ 諸行は無常であり、すべては変わりゆくが、しかしことばは残り、絵も残るのだ。(p.230) <<感想>> ヴァージニア・ウルフというと、付きまとって離れないいくつかのイメージがある。 曰く、「モダニズムの旗手」だとか、「意識の流れ」を用いた代…

『パンタグリュエル ガルガンチュアとパンタグリュエル2』フランソワ・ラブレー/宮下志朗訳

共同条理の原理の嘘 ・・・かの哲学者とアウルス・ゲッリウスが述べているごとく、われわれは常用の言語を話さなくてはいけないのだ。(6章、p.84) <<感想>> 以前の記事をお読みいただけたからなら早速お気づきいただいたかと思うが、岩波版を箱付きで全巻買…

1-12②『モンテ・フェルモの丘の家』ナタリア・ギンズブルグ/須賀敦子訳

住み慣れた我が家に花の香りを添えて わたしは、小説のなかで、描写の部分はがまんできないの。これといった意味もなく、だらだらと描写が続く箇所がある。だれそれが、なになにの味を感じる、なんとかの匂いを嗅ぐ、どこそこへ行く、だけど犬一匹会わないし…

『ガルガンチュワ物語―ラブレー第一之書』フランソワ・ラブレー/渡辺一夫訳

15cで不良(ポストモダン)と呼ばれたよ いかほど深遠な寓喩や理窟があることになさろうと御勝手でござるし、殿も各々方も、お好きなだけ夢を見られるのもよろしかろう。拙僧より見ますれば、打球戯の有様を、判りにくい言葉で描き出しただけのものと心得…