ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

20世紀文学

2-08①『パタゴニア』ブルース・チャトウィン/芹沢真理子訳

投げ出さないこと信じぬくこと 「パタゴニア!」彼は叫んだ。「手ごわい女主人だ。彼女は魔法をかける。魅惑的だ。君をその手でとらえて、けっして放さない」(p.47) <<感想>> 私は旅行が苦手だ。 長距離の移動もさることながら、"sight-seeing"に興味が持て…

『チェヴェングール』アンドレイ・プラトーノフ/工藤順、石井優貴訳

好きな人や物が多すぎて 退屈な本は、退屈な読者から生まれる。(p.186) <<感想>> ---どちゃくそ面白いじゃねぇかよぉ、クソったれがよぉ!--- この怪作・奇作を他の作品で例えるのは難しい。強いていえば、神の代わりに共産主義を据えたドストエフスキー作品…

2-07『精霊たちの家』イサベル・アジェンデ/木村榮一訳

今心が何も信じられないまま 外の野原は、ようやく長い眠りから目覚めようとしていたし、夜明けの光がまるでサーベルのように山々の頂きを切り裂いていた。日差しを浴びてぬくもった大地からは、夜露が白い水蒸気となって立ちのぼり、まわりの事物の輪郭をぼ…

『魅惑者』ウラジーミル・ナボコフ/後藤篤訳

空と君とのあいだに 夢によくあるように、この細部には何かしらの意味が煌めいている。(p.516) <<感想>> 本作は、未来永劫公平な評価をされることはないだろう。細かい経緯は後で背景欄に示すが、本作は『ロリータ』【過去記事】の習作的な作品として位置づ…

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ 物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309) <<感想>> いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。 「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』…

『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ふたり出会った日が少しずつ思い出になっても Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee. Ta. ロリータ、我…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

『ソーネチカ』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

かじかむ指の求めるものが 今回ロベルト・ヴィクトロヴィチが描いたのは何から何まで白い静物画数枚で、そこには「白」の本質について、フォルムについて、絵画の基礎を左右する質感について、それまで彼が苦労して考えてきたことがいろいろ映しだされていた…

2-05『クーデタ』ジョン・アップダイク/池澤夏樹訳

Imagine there's no countries おまえはエクソンによって抹消され、ガルフに巻き込まれ、アメリカによって押しつぶされ、フランスによって公民権を剥奪される。(p.264) “You will be Xed out by Exxon,engulfed by Gulf,crushed by the U.S.,disenfranchised…

2-04『アメリカの鳥』メアリー・マッカーシー/中野恵津子訳

あのひとのママに会うために 「田舎の店って、ただの配給センターなの?」と母はわめいた。「それなら社会主義のほうがましね。ポーランドやハンガリーみたいに国営店のほうが」ピーターは眉をひそめた。鉄のカーテンの向こう側で演奏して以来、母は共産主義…

2-03②『軽蔑』アルベルト・モラヴィア/大久保昭男訳

振り返れば奴がいる 「だけど、昨日きみはこの住居が好きだって言ったじゃないか」 「あなたを喜ばすために言っただけよ・・・。あなたこそこの家に執着していると思ったから・・・。」(p.302) <<感想>> 既婚男性にはツラい小説である。 それは本作が、妻に…

2-03①『マイトレイ』ミルチャ・エリアーデ/住谷春也訳

バッドエンド至上主義 「アラン、見せたい物があるの」と、最高にへりくだったメロディアスな声で言った。(へだてのない言葉遣いができるように彼女はベンガル語で話していた。二人称が you 一つしかない英語の平板さが不服だった。)(p.102) <<感想>> 文明…

2-02②『カッサンドラ』クリスタ・ヴォルフ/中込啓子訳

闘いからの卒業 アンキセスはかつて言っていた。ギリシャ人にとって、あのいまいましい鉄の発明よりもっと重要なのは、感情移入の才能であったかもしれないのにな、と。ギリシャ人は、善と悪という鉄の概念を自分たちばかりに適用しているわけではない。そう…

『失われた時を求めて』第5篇「囚われの女」マルセル・プルースト/吉川一義訳

認識論的、蒐集的 朝、顔はいまだ壁のほうへ向けたまま、窓にかかる大きなカーテンの上方に射す日の光の筋がどんな色合いであるかを見届ける前から、私にはすでに空模様がわかっていた。通りの最初の物音が、やわらかく屈折して届くとそれは湿気のせいにちが…

『失われた時を求めて』第4篇「ソドムとゴモラ」マルセル・プルースト/吉川一義訳

過ぎ去った季節に置き忘れた時間を おびただしい数の青いシュジュウカラが飛んできて枝にとまり、花のあいだを跳びまわるのを花が寛大に許しているのを目の当たりにすると、この生きた美も、まるで異国趣味と色彩の愛好家によって人為的につくりだされたかに…

2-02①『失踪者』フランツ・カフカ/池内紀訳

若き失踪者のアメリカ 「そのことじゃないんです」 と、カールは言った。 「正義が問題なんです」(p.37) <<感想>> 『失踪者』である。『アメリカ』ではない。 私は学生の頃、本作のタイトルを『アメリカ』として認識していた。これは文庫で出ていた訳本が『…

2-01②『サルガッソーの広い海』ジーン・リース/小沢瑞穂訳

名前をつけてやる 「あれは白いゴキブリの歌。私のことよ。彼らがアフリカで身内から奴隷商人に売られてやってくる前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。イギリスの女たちも私たちのことを白い黒んぼって呼ぶんですってね。だから、あなたといる…

『失われた時を求めて』第3篇「ゲルマントのほう」マルセル・プルースト/吉川一義訳

君は、刻の涙を見る われわれは自分の人生を十全に活用することがなく、夏のたそがれや冬の早く訪れる夜のなかにいくばくかの安らぎや楽しみを含むかに見えたそんな時間を、未完のまま放置している。だがそんな時間は、完全に失われたわけではない。あらたな…

『ディフェンス』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ヘッセじゃないほうのクヌルプ 「唯一の出口だよ」と彼は言った。「ぼくはゲームを放棄する」(p.260) <<感想>> 「かまいたちの夜」というテレビゲームをご存知だろうか。 もとは確かスーパーファミコンのソフトとして発売されたのだと思う。 ゲームなど知ら…

『処刑への誘い』ウラジーミル・ナボコフ/小西昌隆訳

ナボコフ ドストエフスキー殺しの文学 ・・・私は犯罪的な直感で、どう言葉が組み立てられ、どうふるまえば、日常の言葉が賦活され、隣からその輝きや熱や影を借り、みずからも隣の言葉に反映しつつ、それをそうした反映によって一新させる―おかげで行全体が…

2-01①『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ/鴻巣友季子訳

時間よ止まれ 諸行は無常であり、すべては変わりゆくが、しかしことばは残り、絵も残るのだ。(p.230) <<感想>> ヴァージニア・ウルフというと、付きまとって離れないいくつかのイメージがある。 曰く、「モダニズムの旗手」だとか、「意識の流れ」を用いた代…

総括&お気に入りランキング! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第1集

命短し本読め乙女 ブログ開設からはや10か月。ようやく池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の第1集を読了したので、ここらで一度総括をしたい。 第1集は全12冊。1冊に複数の作品を収録しているものもあるから、全部で18の作品があった。なお、うち1つ…

1-12②『モンテ・フェルモの丘の家』ナタリア・ギンズブルグ/須賀敦子訳

住み慣れた我が家に花の香りを添えて わたしは、小説のなかで、描写の部分はがまんできないの。これといった意味もなく、だらだらと描写が続く箇所がある。だれそれが、なになにの味を感じる、なんとかの匂いを嗅ぐ、どこそこへ行く、だけど犬一匹会わないし…

『失われた時を求めて』第2篇「花咲く乙女たちのかげに」マルセル・プルースト/吉川一義訳

Overnight Sensation だが、それがどうしたというのか?今は、まだ花盛りの季節なのだ。(第4巻、p.533) <<感想>> 前回の「スワン家のほうへ」の記事【過去記事】では、一人でも多くの方にこの作品に触れてもらいたいという思いから、本作を読むためのコツを…

1-12①『アルトゥーロの島』エルサ・モランテ/中山エツコ訳

Oh Freud nicht diese töne! 少なくとも、その当時夢に彼女があらわれたことはぼくの記憶にない。 そのころぼくは、『千夜一夜物語』のような夢を見ていた。空を飛ぶ夢!何千もの硬貨を群衆に投げる気前のよい紳士になった夢!(p.251) <<感想>> 今回は他の作…

『キング、クイーン、ジャック』ウラジーミル・ナボコフ/諫早勇一訳

探し物は何ですか だから実際には、あの朝フランツはホテルのベッドで本当は目を覚まさずに、新しい夢の層に移っただけだったのかもしれない。(p.178) <<感想>> もし、ナボコフという作家に興味を持って、読んでみようかな、と思っている方がこの記事をご覧…

1-11『鉄の時代』J・M・クッツェー/くぼたのぞみ訳

死せるトルストイ、生けるクッツェーを わたしに共感して読んではだめよ。あなたの心臓とわたしの心臓といっしょに拍動させないで。(p.125) <<感想>> 久々にキツい読書だった。 本作『鉄の時代』の主人公である老女カレンの置かれた状況はキツい。 舞台はア…

『マーシェンカ』ウラジーミル・ナボコフ/奈倉有里訳

けりをつける アルフョーロフは座ったままもぞもぞと体を動かし、二回ほどため息をつくと、小さく甘い音色で口笛を吹き始めた。やめたかと思うと、また吹く。そうして十分ほどが経ったとき、ふいに頭上でカシャリと音がした。(p.14) <<感想>> ナボコフはやっ…

1-10②『名誉の戦場』ジャン・ルオー/北代美和子訳

人に歴史あり 獲物を罠にかけたおばちゃんは、そう簡単には放してくれない。あのなんとか沿いの、どこそこ村の、かんとか夫人よ。だれそれさんの奥さんで、何某のお嬢さん―けれども、解説は非常に遠いところから(少なくとも三世代前から。誕生、結婚、職業…

『失われた時を求めて』第1篇「スワン家のほうへ」マルセル・プルースト/吉川一義訳

語りえぬものについても、沈黙したくない 小さな音が窓ガラスにして、なにか当たった気配がしたが、つづいて、ばらばらと軽く、まるで砂粒が上の窓から落ちてきたのかと思うと、やがて落下は広がり、ならされ、一定のリズムを帯びて、流れだし、よく響く音楽…