ウラジーミルの微笑

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の全巻読破を目指します

1-10①『アデン、アラビア』ポール・ニザン/小野正嗣訳

孤独な旅行者の夢想

万事上々。祈りとアブサンがゲームに加わって、文明国の市場では植民地株が上昇する。(p.30)

<<感想>>

なかなかどうして快作である。

本書をごくごく簡単に要約するとこうなる。

20世紀初頭、一人のフランス人の若者がアラビア半島のアデン(現在のイエメンにある港湾都市)まで自分探しの旅に出て帰ってくる。

ただそれだけである。しかし、これが実に面白い。

実は、本作はその要約から想像されるような紀行文ではない。それどころか、物語の体裁を維持しているのかも怪しく、従って文学作品というには躊躇がある。巻末のあとがきによると、パンフレ<風刺的小論文>というジャンルに属するらしいが、旅の合間に去来する思想的な断片が入れかわり立ちかわり書き連ねられて一つの作品をなしている。全体として、まるでニーチェ箴言集を散文にしたような雰囲気がある。

また、本作の著者ポール・ニザンは、凡庸な若者ではない。それどころか、ニザンは当代屈指のインテリ中のインテリ、フランスが誇る高等師範学校エコール・ノルマル・シュペリウール)の学生であった。従って、本作は時代や国が変わっても不変な、若者共通の叫びを代弁する―『オン・ザ・ロード』のような―作品にはなっていない。むしろその叫びには、実に深く時代性が刻印され、その上、その当時から見た未来の人文科学の方向性を予見するかのような断片が散見される。

 

アデン、アラビア/名誉の戦場 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-10)

アデン、アラビア/名誉の戦場 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-10)

 

高等師範学校

ニザンが入学した高等師範学校がどのくらいのエリート校かというと、まずその年の入学者は28人しかいなかったという。人文科学系の学問が尊ばれるフランスにして、人文科学を学ぶ高等教育機関の最高ランクの学校だ。

ベルクソンや、『幸福論』や『定義集』でお馴染みのアランはもはや「先生」になった世代の先輩にあたる。

ちょっと上の代の先輩にジャンケレヴィッチが居て、同級生にサルトルが、ちょっと下の代にはメルロ・ポンティが居る。まさに錚々たる陣容だ。

時代が下って、アルチュセールフーコーもこの学校の出身者だ。

 

皮肉めいた文章

ニザンのこのほとばしる知性は、まずもって皮肉の効いた文章において発揮される。一番気に入ったものは冒頭に掲げておいた。

また、次の文章は明らかにプルーストへのあてこすりだろう。

文明生活では、内的冒険を描く小説家や会話の心理学者が高く評価されていて、若者や勤め人が空想上の生活にふけることがほめそやされた。それが例えば、見いだされた時とか呼ばれるわけだ。・・・。その間、僕たちの先生はきわめて心穏やかでいられたのである。きみたちが失われた時を見いだそうと考えても、何かが危険に曝されたわけではないからだ。(p.96)

こっちはキェルケゴールの匂いがするが、果たしてこの著作が書かれた頃に、フランスで本当にキェルケゴールが受容されていたのかは知らない*1

こうした貧しさの組み合わせは結局無限にあるのではないかという暗い予感がして、絶望としか名づけようのない気分にとらえられる。しかも空虚についての伝説はどれも、知性と古い哲学にふさわしい人生なのだ。内面生活とは「知的」だってね。絶望はときとして馬鹿げた繊細さを誇るものだ。(p.93)

かくの如くニザンはクソインテリなわけで、『オン・ザ・ロード』のような、パリピ的な暴走とは一線を画し、まるで未来に『オン・ザ・ロード』という書物が書かれることも知っていたかのように、次のようにいう。

海の上、道の上の自由なんて空想にすぎない。旅を始めたばかりの頃は、それは自由に似ている。海に出る前のおぞましい奴隷生活と比べてしまうからだ。でも、この自由というのは結局、ある種の物理的な動きが許可されるだけのことでしかない。(p.44)

 

 

時代性

本作が反映している時代性は、彼の攻撃対象によって象徴される。

それはさまざまな表現で語られるが、一言でいえば西欧の伝統的な理性主義である。

本作が書かれたのはWWIとWWIIとの戦間期である。西欧的な知性は産業的な側面ではますます発達し、ブルジョワたちはその栄華を極めていた。しかし、国内的には貧富の格差や都市化等の問題が生じはじめ、国際的には、奴隷制こそ消えつつあったものの、植民地主義はまだまだ健在であった。資本主義も、民主主義も、共産主義さえも発明されていたが、福祉国家は発明されていなかった。そんな時代である。

哲学史に視点を変えて、まだニーチェの没後間もない頃といってもよい。

土地も貧弱で、人にも石油にも恵まれないヨーロッパ、たいした出来事も起こらないヨーロッパは、二人の英雄、すなわち叡智の英雄アジアと力の英雄アメリカのあいだで死にかけた老婆みたいだった。(p.25)

民族の知恵なるものによって、かくも多くの逸脱行為や契約や計量や利益をもたらす奴隷制といったものが大目に見られてきた。でも、こんなありさまをいかなる民族にも属さない「叡智」はどう思っているんだろう。(p.54)

ニザンは、炭鉱のカナリアのように、こうした時代状況、知性の欺瞞にいち早く気が付いたのだ。

 

未来の予言

そして彼の知性は単に問題に気づくところだけに留まらない。

既にその対立軸の、あるいは後に隆盛する思想の萌芽が見られる。

まずは実存主義だ。

こんな人生はいやだ。息苦しい抽象化とは正反対の人間的状態を僕は欲するようになっている。・・・、キリスト教徒や銀行家のように夢想のなかではなく現実に、人間が存在するために与えられるすべてのものでありたいと望む。(p.95)

次の文章は、ヘーゲルをこき下ろした返す刀で実存を称揚している。

・・・五分ごとに弁証法的な正当化をあれこれ差し出したりするようなこともなく、ただ存在することだけを求める力が繁栄するにまかせておけばいいのだから。(p.96)

さらに、次の引用部分など、まるでフーコー『監獄の誕生』の先取りだ*2。 

けれど、ブルジョワ生活にどっぷり浸った僕たちに、自分たちの感じている恐れや隷属の根が、工場や銀行や兵舎や警察署といったまったく見知らぬ世界の中にあることがどうしてわかっただろう。(p.18)

彼らは、イマヌエル・カントのように、時間割というあのろくでもない規則の犠牲者なのだ。・・・。

六時/起床、シャワー。七時/朝食。八時/オフィス。正午/昼食。一時/昼寝。二時/オフィス。五時/散歩、クラブ。七時半/夕食。十時/修身。

これではまるで、大佐とか学監とか刑務所所長のオフィスに張り出された訓練表だ。(p.72)

それにしても本作においてもっとも皮肉なのは、ニザンをニザンたらしめたもの、その存立基盤は、他ならぬ彼の攻撃対象であるところのブルジョワジーと知性に他ならない点である。

 

お気に入り度:☆☆☆☆

人に勧める度:☆☆☆

<<背景>>

1931年発表。著者が実際にアデンへ行ったのは、1926年-1927年のことのようだ。

高等師範学校への入学年次は1924年

サルトルの「実存主義ヒューマニズムであるか」が1945年である。

フーコーの『監獄の誕生』は1975年発表だ。 

あてこすられた『失われた時を求めて』が1914-1927年。

その後『オン・ザ・ロード』が発表されるのは1957年のことだ。

<<概要>>

全15章構成。章に題は付されない。

一応文章は時系列に沿って進む。だが、現実世界で生起した事象というよりも、批判・検討対象の事象ごとに章がまとめられている。

章ごとに大要どんなテーマでまとめられているかは、巻末の解説に詳しい。

 <<本の作り>>

人名や引用が頻出する本作において、多数註が付されているのは嬉しい。

しかし、若干親切過ぎる、語句説明の域を出た註がある反面、一部の人物や引用作品については註がスルーされるなど、やや註が付される基準に疑問符がついた。

翻訳自体は、ヒネたインテリの若者といった風情が漂ってくるよい文章だったように思う。

巻末解説の読みと、挟み込みの池澤氏の読みが対照的なのが面白い。私の読みは巻末の解説者に近いが、池澤氏は「若者の反抗」的な捉えかたをしている。

*1:ニザンはヤスパースの著作の翻訳校正を行っていたようだから、キェルケゴールを知っていた可能性が高いと思っている。

*2:なお、しばしばフーコーとの関連性が指摘されるレヴィ・ストロースは、メルロ・ポンティとアグレガシオンの同期で、ニザンのファンだったという。