ウラジーミルの微笑

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の全巻読破を目指します

潜入レポート:公開セミナー「新訳でプルーストを読破する」(2017~2019)

セミナー参加録

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先日(2018年8月26日)、プルーストの『失われた時を求めて』に関するセミナーに参加させていただいた。

最初にどさっとそのセミナーの基本情報をご紹介したい。

 

私が最初にこのセミナーを知ったのは、岩波書店のホームページからだ【参考】。

私は研究者でもなければ、立教大学のOBでさえないが、せめて一般市民には該当するのではないかと考えて、勇気を持って参加してみた。

たしかに、一部には研究者然とした方や、OB風の方々もいるにはいたが、老若男女問わず100名ほどの方が参加しており、大多数が一般市民といった様子であった。このため、一般市民を自認する人であれば、気兼ねなく参加できそうである。

 

さて、このセミナーにいう「新訳」というのは、もちろん吉川訳(岩波文庫版)を指している。したがって、全14回というのは、吉川訳の全14巻に対応し、各回で岩波文庫版の各1巻が取り上げられる。

各回のゲスト講師は次のようなラインナップになっているようだ。

  1. 吉川一義氏(京都大学名誉教授)
  2. 工藤庸子氏(東京大学名誉教授)
  3. 石橋正孝氏(立教大学助教
  4. 湯沢英彦氏(明治学院大学教授)
  5. 根本美作子氏(明治大学教授)
  6. 阿部公彦氏(東京大学教授)
  7. 高楼方子氏(作家)
  8. 野崎歓氏(東京大学教授)
  9. 青山七恵氏(作家)
  10. 小黒昌文氏(駒澤大学准教授)
  11. 青柳いずみこ氏(ピアニスト、文筆家)
  12. 中野知律氏(一橋大学教授)
  13. 柴崎友香氏(作家)
  14. 吉川一義氏(京都大学名誉教授)

 

肩書きを見るだけでもわかるとおり、講師の方々はプルースト研究の専門家に限られない。それぞれのゲストのバックボーンに基づき読みどころを語ってもらい、「誤読」を恐れないというのを趣旨としているようである。

今回私が参加したのは第6回であり、講師の阿部公彦先生も、ご専門は英文学の領域だということだ。

 

次回で第7回、ちょうど折り返し地点となる。実は私は第4回から参加させていただいているのだが、毎回何割かの人が、「今回初めて参加された方は?」との問いかけに挙手をされているため、途中からの参加でも安心である。

 

肝心の中身であるが、大よそ毎回、司会の坂本先生からの、参加者に対する問いかけではじまる。これによると、前述のように、初参加の方も多く、また、セミナーをペースメーカーとして、はじめてプルースト・マラソンに挑んでいる参加者の方々も多いようである。

 

問いかけが終わると、いよいよ本題だ。

予定時間は2時間(+ロスタイム)。

前約90分が、講師の先生の読みどころ解説と、参加者からの事前質問に対する回答に充てられる。この時間の中で、司会の先生による該当巻の構成の要約紹介が行われることもある。

後約30分が参加者同士のディスカッションタイムだ。

 

講師の先生の読みどころ解説は、一方的な講義調とは一線を画し、坂本先生からの問いかけと、それに対する回答といったような対談調で行われる。

 

講師の先生に対する最初の質問は定番化している。「あなたにとってプルースト的とは何か?キーワードなどで簡潔に答えてください。」という質問である。これは物理学の大家に対し物のことわりを一語で問うようなものであり、実に研究者殺しの問いかけである。

 

この問いかけに対しては、研究者らしく正面からは答えない先生もいれば、今回の阿部先生のように、蒙昧な一般市民のために、わかりやすいキーワードをいくつか提示してくださる先生もいる。

ちなみに阿部先生は、下記引用箇所などを挙げつつ、注意散漫(脱線)というキーワードを指摘され、他にもいくつかのテーマを挙げてくださっていた。

「脇目もふらずある人を愛すると、つねにべつのものを愛することになるのである。」(第4巻、p.415)

また、二人の読み手の化学反応によって、プルーストの新たな読みの視点が浮かび上がってくるのも、対談調であればこその魅力である。

阿部先生が、プルーストの変態性(の魅力)や、20世紀文学における"Cute"の主題*1を論じてるのに対し、坂本先生から「キモかわいい」というワード/視点が飛び出してきたのはまことに印象的であった。

また、他にも定番の質問として、「あなたの選ぶ1ページを挙げてください」というものがある。ここでも、自分がほとんど読み飛ばしていたような1文が、まったく意外な観点で語られることがあり、実に興味深い。

 

後半に行われる参加者同士のディスカッションタイムは、この「あなたが選ぶ1ページ」という問いかけを用いて行われる。

すなわち、参加者各人が休憩時間中に自身の「1ページ」を選定し、そのページの魅力をそれぞれ小グループで発表するというものである。

この企画もなかなか侮れない面白さを持っている。

それというのも、各人がどのページを指定し、どのような感想を述べるかによって、当人がプルーストに何を求め、どう読んでいるのかが伝わるからである。そして、来場者の方々の読みの多様性が理解できる。

訳本が吉川訳に指定されているため、あとがきに引きずられて「人生の教科書」的な読み方をされる方*2が多いのかというと、必ずしもそうとも限らない。

具体的な場面は敢えて挙げないが、プロット的な山場でのカタルシスを指摘される方、「わたし」にある種の感情移入をしてシンパシーを語る方など、様々だ。特に、普段映画をあまり見ない私からすると新鮮なのが、意外なほどに多くの方が、小説の一場面から、(文学作品ではなく)映像作品を連想されることだ。

このように、他者の様々な読み方に触れることにより、翻って自身のプルーストとの距離感が測られることになり、なかなかに刺激的な体験である。

 

最後に、うれしいうれしい参加特典までいただける。

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1つ目の特典が、先着順で貰えるポストカードである。

2つ目の特典が、司会の坂本先生お手製の「『失われた時を求めて』しおり」である。

しおりがいただけるのは、事前に「講師への質問」を応募した人、事前に「私の選ぶ1ページ」に応募した人のいずれかである。次回第7回のパンフによると、セリフ当てクイズの正解者も、このしおりが貰えるらしい。

 

このセミナーにご興味を持たれた方は、セミナー公式twitterでより詳細な情報を見ることができる。

 

 

 

*1:19世紀まではsublime崇高/beautiful美との対立軸があったのに対し、20世紀にはCuteという主題が登場したという観点

*2:プルーストはphilosophizeしたがる、という若干の皮肉が含まれた阿部先生の口吻も面白かった。