ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ

物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309)

<<感想>>

いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。

「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』【過去記事】が近いかもしれない。

「前衛的」であればそう珍しくもなく、文学なんて『ドン・キホーテ』や『ガルガンチュア・パンタグリュエル』【過去記事】の昔からそうだ。

それに、別にわからないことも珍しいことでもない。ナボコフプルーストだって、読めば読むほど「わかった」という実感は遠ざかっていく。

たぶん、この『見えない都市』に一番ふさわしい形容詞は、「実験的」だ。読み進めれば読み進めるほど、わかったことが減っていく。あるいは、前提としていたものを奪われていく、そんな作品である。

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『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ふたり出会った日が少しずつ思い出になっても

Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee. Ta.

ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。(p.17)

<<感想>>

今日は『ロリータ』について書きたい*1。私は『ロリータ』が大好きだ*2。だから、できるだけ多くの人に『ロリータ』に触れ、『ロリータ』を好きになって欲しいと願っている*3

同時に、『ロリータ』が難読とされ、挫折者が多いこともよく知っている。

そこで今回は、『ロリータ』と読者とが幸福な関係を築くために有益と思われる事柄を記述していきたい。

*1:今回、脚注は基本的に『ロリータ』既読者向けに書いている。だから、『ロリータ』を読んでみたい、興味があるという方はすべて読み飛ばしていただきたい。脚注が多いのはそれがナボコフマニア向けの様式美だからである。

*2:この点ではHHと同じ

*3:この点でHHと大きく異なる

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『やっぱり世界は文学でできている』沼野充義編著

新しい世界のドアを開く勇気

どんなに親しい友人でも、恋人でも、あなたの代わりに本を読んではくれない。(p.354)

<<感想>>

読むと外国語の勉強がしたくなる素晴らしい本。

前作『世界は文学でできている』【過去記事】の続編である。本書の概要は前作の記事で確認していただくとして、第2巻にあたる本書では、計6名のお相手との対談が採録されている。

 

対談相手の「得意言語」が上手に散らばっているため、外国語について、そして外国語の有り方を通してみた日本語について考えさせられる仕組みになっている。

2巻目でもあるので、今回は、以下で本作の読みどころをちょこっとご紹介するにとどめたい。

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『世界は文学でできている』沼野充義編著

愛のままにわがままに

読書というのはそんなふうに自由な運動であるべきものです。ある一つの作品を読んで、そこに凝り固まっておしまいにするのではなく、そこからまた別の世界が広がってくる、つまりいままで面白く思えなかったものががぜん面白く読めるようになる、それこそが読書の醍醐味ですから。(p.349)

<<感想>>

読むと本が読みたくなる素晴らしい本。

ロシア・ポーランド文学のマエストロであり、文芸評論の名手でもあるヌマ1こと沼野充義先生の対談集である。タイトルのとおり、テーマは「世界文学」。

 

対談の冒頭で、まず沼野先生が長めにテーマ設定を行う。対談相手がそれに従って長めに回答を行う。あとはフリースタイルで対談が続く、という形式である。

最初にぶつけるボールは、概ね沼野先生の関心に基づいており、異なる対談相手に類似したテーマを投げていることも多い。

かように、一応、対談集の体裁はなしているが、その実、沼野先生がそれぞれ違った形をしている壁(失礼)に壁当てをしている様子を楽しむのが醍醐味な仕上がりになっている。

海外文学と日本文学の違いは?翻訳で読むことと原著で読むことの差は?現代における、名著目録とは?大衆作品と文学は区別できるのか?などなど。

文学好きなら一度は考えたことのありそうな、興味深いテーマが並ぶ。

当然、対談の中では古今東西様々な文学作品の言及され、欲しい本がどんどん増えていく。当ブログでも引用したことのあるイーグルトンやバーリン過去記事】など、文学理論や過去の文学評論からの引用も多く、その点も楽しめた。

 

採録されている対談相手は5名。各対談の末尾には、それぞれの対談相手及び沼野先生自身がおススメする書籍のリストもついている。さらには、対談で言及された作品の書誌情報までまとめられており、大変親切である。

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