ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤全集を完走後、ゆっくり白水社エクス・リブリスの全巻読書をやってます。

思想を感じる

『ずっとお城で暮らしてる』シャーリイ・ジャクスン/市田泉訳

許されないのは わかってるつもり世間のしくみにとても勝てないから あたしに翼のあるウマがいたら、おじさんを月までつれていってあげるのに。月の上ならもっと居心地がいいはずよ(p.82) シャーリイ・ジャクスンにはすっかり魅了されてしまった。 きっかけ…

『失われたスクラップブック』エヴァン・ダーラ/木原善彦訳

流星のような赤いTailの群れが呼び掛けるよ ・・・大規模な並列処理システムに関する、繰り返しの多い奇妙な本を編集していた私は、三つの長い段落の編集を終えた カリフォルニア大学サンタクルーズ校の教授を務めている著者は、レーモン・クノーを少し読み…

『ベンドシニスター』ウラジーミル・ナボコフ/加藤光也訳

Don't wanna see no blood, don't be a macho man 理論的に言えば、朝の目醒め(ふたたび自分の個性を取り戻すこと)がまったく先例のない出来事、完全に新しい誕生であるという可能性だって、絶対にないわけではない。(p.94) <<感想>> ウラジーミル・ナボコ…

059『郝景芳短篇集』郝景芳/及川茜訳

街が また暮れてく 全ての在り方を受け入れて 一万元の紙幣を目にするのは初めてだった。・・・その紙幣に目をやると、テーブルの上に広げられた五枚の薄い紙が、破れた扇子のようだった。その紙幣が体内にもたらす力が感じられた。薄い青色は、千元札の茶色…

006『青い野を歩く』クレア・キーガン/岩本正恵訳

生きてく強さを重ね合わせ 神は、この自然だ。(p.51) <<感想>> 物語には適齢期があるという話がある。 確かに、ドストエフスキーなら多感な10代に読むのが相応しいだろうし、アンナを「お姉さん」と捉えているようでは、トルストイの理解は叶わないだろう…

036『女がいる』エステルハージ・ペーテル/加藤由美子・ヴィクトリア・エシュバッハ=サボー訳

誰かを愛して生きること 女がいる。僕は彼女を愛している。理由は逐一説明できろうだろう。彼女の特性を、・・・ひとつずつ挙げてみよう。・・・イタロ・カルヴィーノとオートミールが大好き。ブロンズの肌。下品に、同時に恥じらいをもって、抜群に大胆に動…

「四季四部作」アリ・スミス/木原善彦訳

この記事はアリ・スミスの「四季四部作」全作の感想を書いた記事になる――予定である。いまのところ、完成次第順次書き足していく方針だが、途中で修正するかもしれない。あるいは、進行中の読書の感想が残っているのもまた一興として修正せずに書き連ねるか…

004『ミスター・ピップ』ロイド・ジョーンズ/大友りお訳

南風が消したTiny Rainbow 彼の物語は、『大いなる遺産』が子どもたちに与えたと同じ感動を与えなければならない。村全体が心を奪われて、この忘れられた島の小さな焚き火の周りに座っている。言葉にできないような出来事が起こっても、外の世界はこれっぽち…

『それぞれの少女時代』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

その顔さえ白くぼやけて ヴィクトリヤが、双子の片割れであるガヤーネを初めて憎らしいと思ったのがいったいいつだったのか―出生以前なのか、以後なのか―それは、だれにもけっしてわからない。(p.33) <<感想>> ウリツカヤはどうしてこんなにつまらないのに、…

066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス/鼓直訳

きっかけは錯覚でもいいから 「聖書を信じるくらいですもの。わたしの話だって信じるはずだわ」(p.346) <<感想>> 今回は、だいぶ昔に読んだ作品の再読をしてブログのコンテンツを充実させるシリーズの第?段『百年の孤独』。そう、傑作である。 猫ならまだし…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

『幸福なモスクワ』アンドレイ・プラトーノフ/池田嘉朗訳

And let me play among the stars 「俺は別に、」とコミャーギンは言った。「俺はだって、生きているわけじゃない、俺はただ人生に巻き込まれただけなんだよ、どうしてだか、この件に引っぱり込まれたんだ…でもまったく無駄にね!」(p.106) <<感想>> これは…

『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ/西村英一郎訳

あの日 目を覆った 隣のあなたは微笑む 戦争やイスラエルの国境での紛争でマスカリータに弾があたっていないように、私はタスリンチに頼んだ。(p.148) <<感想>> 文学などという一介のエンターテイメントが、なぜ大学で研究なぞされているのだろうか。 それは…

072『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル/堤幸訳

ほんの一夜の物語を行こう! 「すでに記されていて、書き換えることのできないものに乾杯!」(p.18) <<感想>> イラン文学、である。 しかし、この物語をイラン文学と規定するのは、同じくイランに出自を持つ『千一夜物語』をイラン文学と規定するのと同じだ…

035『エウロペアナ 二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一・篠原琢訳

いつのことだか思い出してごらん ドイツ人は毒ガスを発明し、イギリス人は戦車を発明し、科学者は同位体元素や一般相対性理論を発見した。この理論によると、形而上学的なものは一切なく、すべては相対的であるという。(p.5) <<感想>> 「二〇世紀史概説」で…

3-03『ロード・ジム』ジョゼフ・コンラッド/柴田元幸訳

HEART燃えているなら 後悔しない 「・・・嘘ではない、けれど真実でもない。何というか・・・。真っ赤な嘘だったらすぐわかりますよね。この事件、正しいことと間違ったことの間には、紙一枚の幅もなかったんです」(p.143) <<感想>> 私以外にもそういう人は…

『ネイティヴ・サン』リチャード・ライト/上岡伸雄訳

線をひかれた ここからキミ入れないと 映画館では、努力せずに夢を見られる。やらなければならないのは、座席の背もたれに寄りかかり、目を開けていることだけ。(p.27) <<感想>> 怖い怖い怖い怖い。本作の第一部のタイトルはそのまま「恐怖」。 何が怖いって…

3-02『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄・阿部優子・武井摩利訳

絵もない花もない飾る言葉も 彼らの存在の危うさ、はかなさ、存在の目的と意味について考える。存在意義など、だれも—彼ら自身でさえも―問うたりしないのだが。(p.321) <<感想>> どうせこの第3集って、目玉はフラバルでしょ?という(大方の)見方を見事に…

『犬の心』ミハイル・ブルガーコフ/石井信介訳

パニックパニックパニックみんなが慌ててる 理論的には興味深い研究ですよ。・・・でも、実際面の成果は?(p.150) <<感想>> 今日は『一九八四年』の話から始めてみたい。 昔々、哲学科の学生だった頃、飲み会の席で文学の話が出たことがある。 まず話に出た…

2-12『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス/池内紀訳

その時は笑って虹の彼方へ放つのさ そのときどきの出来事が表面では貪欲にからみ合う糸となって物語をつくっていても、裏ではすでに歴史に編み込まれていたとしても、やむをえないことだろう。(p.388) <<感想>> なんとなくの設定は知っているけど読んでない…

『黄金虫変奏曲』リチャード・パワーズ/森慎一郎・若島正訳

思いのすべてを歌にして 他の何は調べられても、価値を調べ出すことはできない。(p.33) 科学の目的は制御じゃない。・・・支配じゃない、畏敬なんだ。(p.547) 私たちは情報から知を抽出したけれど、それでは足りない。・・・私たちに必要なのはあれだ、・・…

『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊』ガイト・ガズダーノフ/望月恒子訳

ふたりでひとつになれちゃうことを <<感想>> ガズダーノフって誰? 本書はこの作家の本邦初の翻訳作品であるため、この記事を書くのにこの話題から始めないわけにはいかないだろう。 ガイト・ガズダーノフは、オセット人*1の両親のもと、1903年にペテルブル…

2-09②『黄金探索者』J・M・G・ル・クレジオ/中地義和訳

世間のしくみにとても勝てないから こうしてある日、殺戮と武勲を重ねたあと彼はかつての場所に戻ってきて、自分の創造したものを破壊した。ついに自由を得るために。(p.480) <<感想>> 危うく古来より伝わる秘儀・壁本を繰り出してしまうところだった。途中…

2-09①『フライデーあるいは太平洋の冥界』ミシェル・トゥルニエ/榊原晃三訳

誰も触われない二人だけの国 太陽よ、わたしをフライデーに似せてくれ。笑いで明るくされ、まったく笑うのに適しているフライデーの顔をわたしにあたえてくれ。(p.175) <<感想>> 期待していた作品。そして期待通りの作品。今回は褒めるでぇ! 昔から、それこ…

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ 物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309) <<感想>> いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。 「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

2-04『アメリカの鳥』メアリー・マッカーシー/中野恵津子訳

あのひとのママに会うために 「田舎の店って、ただの配給センターなの?」と母はわめいた。「それなら社会主義のほうがましね。ポーランドやハンガリーみたいに国営店のほうが」ピーターは眉をひそめた。鉄のカーテンの向こう側で演奏して以来、母は共産主義…

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』奈倉有里著

ロシア的倒置法 ペテルブルグのエレーナ先生の授業で詩を教わってから、詩は私にとってずっとエレーナ先生がくれた魔法の続きだった。(p.122) <<感想>> 『SLAM DUNK』という漫画がある。 何も今更説明するのもなんだが、ジャンプでバスケな国民的漫画作品で…

2-02②『カッサンドラ』クリスタ・ヴォルフ/中込啓子訳

闘いからの卒業 アンキセスはかつて言っていた。ギリシャ人にとって、あのいまいましい鉄の発明よりもっと重要なのは、感情移入の才能であったかもしれないのにな、と。ギリシャ人は、善と悪という鉄の概念を自分たちばかりに適用しているわけではない。そう…