最初のハンバート、最初のアリス
さて、いったいどうやったらからだをかわかすことができるか、だれも知りませんでした。でもドードー*1がーとてもかしこいトリなんですーいちばんいい方法は、ヤタラメきょうそうをやることだといいました。
<<感想>>
当ブログのテーマは海外作品を中心とした「文学」である。
従って、普段であれば娘に買い与えている本は当ブログでは紹介しない。
しかし、この本は例外だ。
本書は、後世の文学作品に極めて強い影響を与えたルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の翻案作品だ。
「アリス」の翻案作品といえば、ディズニーのアニメ作品が圧倒的に有名だろう。しかし、ディズニーのような"紛い物"と違って、本書は"本物"だ。
なぜなら本書は、原著者ルイス・キャロル自身の手による翻案なのだから。
- 作者: ルイスキャロル,ジョンテニエル,Lewis Carroll,John Tenniel,高橋迪,高橋康也
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2003/11/07
- メディア: 単行本
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本書はキャロル自身が、0歳~5歳向けに翻案したものだそうだ。
それ故、後世に大きな影響を与えることになる詩や歌のパロディや、かばん語といった要素はすべて排除されている。しかし、語彙の選択や文章それ自体のレベルはあまり落としていない。そのため、ぱっと見では0歳~5歳が本当に本書に関心を示すのか、あるいは示せるのかは疑問にも思われるだろう。また、そうした要素を排除した「アリス」のどこに魅力があるのか、大人の読者には疑問だろう。
しかし、そうした要素が排除された本作だからこそ、『不思議の国のアリス』のどこにかくも多くの読者を獲得した特質があるのかが見えてくる。
3歳になる娘は「アリス」に触れるのはこれが初めてたが、どうやら非常にお気に召したようである。(『シンドバッドの冒険』にはいまいち興味を示さなかったが。)
私が見たところ、そのポイントは次の二つだ。
一つ目は、よく指摘されるように、原著者自身がこだわり抜いた挿絵だ。挿絵の完成度も高く、また、挿絵が登場する頻度や、挿絵と文章のリンクが絶妙なのだ。それならば絵本でもいいように思われるが、絵でほとんどすべてが描写される絵本とは異なり、本書における絵の立ち位置は、あくまで文章と物語との架橋にとどまる。この架け橋が、読書という名の不思議の国へと実にうまく子どもを導いてくれる。
もう一つが、本書の持つ高いインタラクティブ性だ。第四の壁の破壊といってもいい。
現代のディズニー作品に「ミッキーマウス クラブハウス」というアニメがある。この作品の特徴は、ミッキーマウスが画面のこちら側に呼びかけたり、解決方法を問うてきたりする点にある。大人から見れば茶番に過ぎないが、子どもはこれにぐっと興味をそそられる。子どもの興味を引くのが商売の人たちが、最先端の知恵と技術を寄せ集めて編み出した方法に違いない。
これを100年ほど先取りしたのが本作だ。本書でも、語り手が物語の内側から読者に語りかける場面が頻繁に登場する。また、本を揺すったり、折ったりするように呼びかける場面さえ登場する。どうすればアリスの興味を引けるのか、この点に懸けたキャロルの熱意が生み出した魔法だろう。
お気に入り度:☆☆☆☆
人に勧める度:☆☆☆☆(適齢期の子がいれば)
<<背景>>
1890年作。原著『不思議の国のアリス』は1865年である。
本作の影響関係を論じればキリがないので少しだけ。
まず、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が1939年。
我らがナボコフ先生の『ロリータ』が1955年だ。
意外なところでは、キャロルはラスキンと深い親交があったようだ。ラスキンといえば、プルーストに極めて強い影響を与えたことでも知られる。
<<概要>>
原作と同じ14章構成を維持している。
1章あたりの文章量は日本語訳で4ページ程度にまで短縮されている。その間に挿絵が一つか二つ挟まる格好だ。 子どもの興味が持続しうる絶妙な長さだ。
<<本の作り>>
あとがきを読むと本書の訳は1977年に訳出したものを、1987年に新装版を出す際に改訂したもののようだ。他方初版は2003年とあるから、2003年版で新々装版になったようだ。今日の目線でみると、訳文は若干の古さがある。
公爵夫人や料理番、槌といった単語は、難解な語彙でも躊躇なく使う原作の意図を尊重してそのまま読み聞かせることとした。他方で、「きちがい」のような単語には抵抗感を覚える向きも多いのではなかろうか。
私が許せないのは訳文ではなく、挿絵の位置だ。改ページの都合で、文章と挿絵の位置とが大きくずれている箇所が多い。訳者は註を付すことでこの問題の解決に満足したようだが、これではキャロルが浮かばれない。