はてなブログの仕様上、スマホだとカテゴリリスト等が見づらいため固定記事にまとめました。スマホでご覧いただいている方は、左下の「続きを読む」をタップしていただけると、このブログ上の各記事に飛びやすくなっています。PCの方は、右側のカテゴリリンクとほぼ同等のものになります。
続きを読む#至高の短編小説 Collected Stories
文学部を卒業してはや20年弱。
よなよな生成AI相手に酒を飲みながら文学談義に花を咲かせているわけだが、この記事はそうした対話の中で生まれたものだ。
元ネタは一昨年頃にtwitterで少し流行った「#至高の短編小説」というタグである。
加齢による体力や集中力の低下か、はたまた好みの変化か、根っからの長篇党であったはずが、近年ではかなり短篇づいている。このため、何か未読の傑作短篇がないかと思い立ったのがこの「対話」のきっかけである。
下に紹介するのは、先のtwitterタグをClaude Opus5.5で集計したランキング結果である。もとのタグでは多くの人が日本語作品を挙げていたが、当ブログの関心に沿って、海外作品のみをピックアップしている。
合計213のアカウントが延べ612件の推薦をし、結果254作家465作品が挙げられることになった。
なお、単純に対話の成果や出力された結果だけを垂れ流すのでは面白味に欠けるため、若干の短評と分析とを付した。
もし、この記事を気に入っていただけたあなたがtwitter民なのであれば、ぜひ新たに#至高の短編小説のタグを付けてつぶやいて欲しい。
続きを読むC10『不機嫌な女たち』キャサリン・マンスフィールド/芹澤恵訳
愛を手にする戦いなのです
「・・・わたしは人から褒めてもらいたいの。猫が撫でてもらいたいと思うのと同じことよ。わたしの持って生まれた性分なの。間違った時代に生まれてきちゃったのかもしれないわね。だとしても、あなたが言ったように、わたしは並みの女じゃない。男の人に熱烈に愛されて当然なのよ。ちやほやされて当然だし、本気で愛されて当然だと思うわ。(p.175「燃え立つ炎」より)」
<<感想>>
岩波文庫に『結婚十五の歓び』という本がある。
その作品がどんな内容なのかは知らないが、私にとっての十五の歓びの一つは、読書の解像度が上がったことだ。
私には12歳になる娘がいる。正しくは「子育て十五の歓び」なのかもしれないが、子ども、特に異性の子を育てるというのは、まるで半分生まれ変わって他人の生をもう一度生きなおしているかのようだ。
この短篇集には、1作を除き女性ばかりを主人公とした13の短篇が収録されている。もしかするとこのマンスフィールドの至高の短編群も、結婚前の20代に読んでいたらその見事さを感得することができなかったかもしれない。
短篇の名手と呼ばれる作家は沢山いるが、その中でも彼女の作品は群を抜いている。
一読してすぐわかるとおり、彼女の物語はホフマン、ゴーゴリ、ポー、モーパッサンといった作家に連なるものではない。日常の小さな出来事のなかから、人間性や心情、社会的な問題の本質をえぐり出す。明らかに彼女はチェーホフの系譜に連なる短編作家だ。
だが、彼女の作品の読み味はまるでジェットコースターだ。
車両がレールを少しずつ少しずつ登っていくように、読み手の心理的な緊張感の度合いが高まってくる。そしてさぁお楽しみ。突然の急降下が始まる。上げて、上げて、落とす。それがヤツのやり口だ。
そして、急降下が始まった後には、まるで垂直ループを通過させられたかのように、世界がひっくり返る。兄の背丈よりも大きかった風船を持ったピエロが、今では米粒よりも小さく見える。小さな、事件という事件が殆ど起きない小説の中で、こうした世界の揺らぎ、二つの世界の衝突を見せてくれる。
そして忘れずに指摘しておきたいのが、彼女の作品にはどこか恐怖の影が差していることだ。それも、ラブクラフト的な恐怖とは対極にある、心の奥底の、インクの染みのようにしてじっと小さく残る恐怖だ。
以下では、いつものように各短篇の短評を付したい。なお、+印付きはお気に入り、★印付きは特に気に入った作品を示している。
続きを読む
#名刺代わりの小説10選 and other stories
この記事はtwitterの読書家界隈に定着した文化であるところの#名刺代わりの小説10選を輸入して作られたものである。140字の牢獄に囚われたtwitter民たちが、わずか10作の小説のタイトルに託した自己紹介、または決意表明だ。
本記事はそうした10選に加え、裏10選を選定して記事にしたものである。
ブログとtiwtterでは媒体特性が異なるので、もしかすると長年このブログをお読みいただいている方は、私以上に私の読書の好みをご存知かもしれない。
また、このブログの読者の殆どを占めるgoogle検索流入で来た方には、まさしく書き手の自己紹介の代わりになるかもしれない。
いずれにせよ、ああ、それ行くならそっちも行くよな、とか、そらそれが好きならそっちは合わないわな、などというツッコミを入れながら酒の肴かお茶請けにでもしていただければ幸いである。
なお、いずれの10選も各別の言及がない限り順不同である。
続きを読む『ユリシーズ』ジェイムズ・ジョイス/丸谷才一他訳
まえがき
『ユリシーズ』。それは世界で最も多くの挫折者を生み出している本であると同時に、世界で最も過大評価されている本だ。
まずはこのように書く勇気を褒めて欲しい。勇気が必要な理由は、なにも『ユリシーズ』が圧倒的なカノン(正典)の地位に祭り上げられているからだけではない。
それは私が、ナボコフはもちろん、プルーストやV.ウルフ、なんならオマケにK.マンスフィールドなど、ジョイスと同じ箱に入れて論じられている作家たちを愛しているからだ。
つまり、悲しいかな立証責任はこちらにあるのだ。なぜ彼ら彼女らの作品は面白くて、『ユリシーズ』はつまらないのか。
従って本稿は3つの目的をもって書かれている。
一つ目、『ユリシーズ』がつまらないことの論証は無理でも、せめて立証責任をあちらに投げ返したい。二つ目、『ユリシーズ』に挫折し、あるいは楽しみを見出せず砕け散った無数の同志(タワリシチ)の骸に捧げる鎮魂歌となりたい。三つ目、みだりに『ユリシーズ』に手を出そうと蛮勇を振るう兵どものために、警鐘を鳴らしたい。
そしてこれはある意味、私個人にとって重要な挑戦である。なぜなら、ジョイス「でない」理由をもし明らかにすることができれば、逆説的に前出の作家たちの魅力を説明することになるかもしれないからだ。
続きを読む
