ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

2022-01-01から1年間の記事一覧

『瞳孔の中』クルジジャノフスキイ/上田洋子・秋草俊一郎訳

余りの暑さに目を醒まし 日常で少しよごしを入れて、そして絵の具の上からニスを塗るように、ちょっとした俗悪を表面に塗って—これはなしにすませる訳にはいかないのだし。最後に、哲学めかしたところを二、三加えて、そして—(p.141) <<感想>> 今回取り上げ…

総括&お気に入りランキング! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第2集

熱き血潮の冷えぬ間に 4年もぶん投げておいてしれっと帰ってきました。不死鳥のように舞い戻り第2集を読了したので、第1集のときに倣って総括をしたい。 第2集も全12冊。1冊に複数の作品を収録しているものもあるため、作品数は全部で18となった。…

2-12『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス/池内紀訳

その時は笑って虹の彼方へ放つのさ そのときどきの出来事が表面では貪欲にからみ合う糸となって物語をつくっていても、裏ではすでに歴史に編み込まれていたとしても、やむをえないことだろう。(p.388) <<感想>> なんとなくの設定は知っているけど読んでない…

『オデッサ物語』イサーク・バーベリ/中村唯史訳

渦巻く血潮を燃やせ この世界のありとあらゆるできごとを、このうえなく陳腐で平凡な話も含めて、私は不可思議な物語に作り変えることができた。(p.109) <<感想>> 最近私の中では20世紀前半のロシア文学がブーム。 ロシア文学ファンの中でも、プーシキンに始…

海外文学を読むための海外文学10選+α

詩人がたったひとひらの言の葉にこめた でもその前に、一日には引用が欠かせない。(『黄金虫変奏曲』p.228) とても長い前置き 昔、「ジンプリチシムスの部屋」というサイトがあった。スマホどころかブログもなく、おうちのパソコンでネットサーフィンして個…

『黄金虫変奏曲』リチャード・パワーズ/森慎一郎・若島正訳

思いのすべてを歌にして 他の何は調べられても、価値を調べ出すことはできない。(p.33) 科学の目的は制御じゃない。・・・支配じゃない、畏敬なんだ。(p.547) 私たちは情報から知を抽出したけれど、それでは足りない。・・・私たちに必要なのはあれだ、・・…

主にスマホ閲覧者向けサイトマップ

はてなブログの仕様上、スマホだとカテゴリリスト等が見づらいため固定記事にまとめました。スマホでご覧いただいている方は、左下の「続きを読む」をタップしていただけると、このブログ上の各記事に飛びやすくなっています。PCの方は、右側のカテゴリリン…

2-11『ヴァインランド』トマス・ピンチョン/佐藤良明訳

君はドレスに裸足のままで 六〇年代の政治闘争、ドラッグ、セックス、ロックンロール、みんなぶちこんだ映画つくンノ、これがワシらの野望でな。(p.70) <<感想>> きっとたぶん全部『重力の虹』が悪い。 重厚長大難解。全部嘘だ。むしろ軽妙にしてスピーディ…

『やんごとなき読者』アラン・ベネット/市川恵理訳

Send her victorious happy and glorious <<感想>> なんか流行ってるし、たまには軽いものでも、と思ったら予想以上に軽かった。行きの電車で読み始めて、家に帰るころには読み終わっていそうな分量。もちろん、軽いことは悪いことではなく、作品の品質とは…

『失われた時を求めて』第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」マルセル・プルースト/吉川一義訳

映し出された思い出はみな幻に 人は死んでも、その人が芸術家で自己の一部を作品のなかにとりこんだ場合、その人のなにがしかは死後にも残存すると言われることがある。もしかするとそれと同じように、ある人から切り取られてべつの人の心に移植された一種の…

『クレールとの夕べ/アレクサンドル・ヴォルフの亡霊』ガイト・ガズダーノフ/望月恒子訳

ふたりでひとつになれちゃうことを <<感想>> ガズダーノフって誰? 本書はこの作家の本邦初の翻訳作品であるため、この記事を書くのにこの話題から始めないわけにはいかないだろう。 ガイト・ガズダーノフは、オセット人*1の両親のもと、1903年にペテルブル…

2-10『賜物』ウラジーミル・ナボコフ/沼野充義訳

輝ける君の未来を願う本当の言葉 百年後か二百年後に、ロシアではぼくは自分の本の中で、あるいは少なくとも研究者による脚注の中で、生きるだろうから。(p.556) <<感想>> 最初に少しモノを申したい。『賜物』という物語にではなく、『賜物』に付着している…

2-09②『黄金探索者』J・M・G・ル・クレジオ/中地義和訳

世間のしくみにとても勝てないから こうしてある日、殺戮と武勲を重ねたあと彼はかつての場所に戻ってきて、自分の創造したものを破壊した。ついに自由を得るために。(p.480) <<感想>> 危うく古来より伝わる秘儀・壁本を繰り出してしまうところだった。途中…

『世界文学とは何か?』デイヴィッド・ダムロッシュ/六名共訳

千の夜を飛び越えて走り続ける 英語とロシア語こそが、ナボコフにとっては真の「笑いと嘆き」(laughing and grief)*1の言語なのだ。 <<感想>> 『世界文学とは何か?』、本書のタイトルはわかりやすいようで捉えどころがない。その内実は、全く新しい「世界文…

『つまり読書は冒険だ。』沼野充義編著

そして世界中で叶わぬ恋にお悩みの方 それでもこれでもういい、ということがないのが世界文学だ。そして人生も。(p.381) <<感想>> 読むと文学がさらに好きになる素晴らしい本。 『世界は文学でできている』【過去記事】のシリーズ最終回。今回は4名との対談…

2-09①『フライデーあるいは太平洋の冥界』ミシェル・トゥルニエ/榊原晃三訳

誰も触われない二人だけの国 太陽よ、わたしをフライデーに似せてくれ。笑いで明るくされ、まったく笑うのに適しているフライデーの顔をわたしにあたえてくれ。(p.175) <<感想>> 期待していた作品。そして期待通りの作品。今回は褒めるでぇ! 昔から、それこ…

2-08②『老いぼれグリンゴ』カルロス・フエンテス/安藤哲行訳

情けないよでたくましくもある この地の唯一の意志は昔ながらの、悲惨な、混沌とした国以外のものには絶対にならないというかたくなな決意だった。彼女はそれをかぎとった。彼女はそれを感じとった。それがメキシコだった。(p.420) 私は何か大変に大きな勘違…

『『その他の外国文学』の翻訳者』白水社編集部編

僕の前に道はない僕の後ろに道は出来る チェコの文学に限らず、相互関係やフィードバックがあるのが現代の文学なのだ。(p.209) <<感想>> フランシスコ・ザビエルが何人だかご存じだろうか?スペイン人?ポルトガル人?私も意識したことはなかったが、正解は…

2-08①『パタゴニア』ブルース・チャトウィン/芹沢真理子訳

投げ出さないこと信じぬくこと 「パタゴニア!」彼は叫んだ。「手ごわい女主人だ。彼女は魔法をかける。魅惑的だ。君をその手でとらえて、けっして放さない」(p.47) <<感想>> 私は旅行が苦手だ。 長距離の移動もさることながら、"sight-seeing"に興味が持て…

『8歳から80歳までの世界文学入門』沼野充義編著

少女の頃に戻った夢 ・・・すべてが絶望に覆われそうになっても、それでも消すことのできない希望の光もあることはわかっています。・・・文学には希望がある。私が言いたいのはそれだけです。(p.10) <<感想>> 読むと日本文学が読みたくなる素晴らしい本。 …

『チェヴェングール』アンドレイ・プラトーノフ/工藤順、石井優貴訳

好きな人や物が多すぎて 退屈な本は、退屈な読者から生まれる。(p.186) <<感想>> ---どちゃくそ面白いじゃねぇかよぉ、クソったれがよぉ!--- この怪作・奇作を他の作品で例えるのは難しい。強いていえば、神の代わりに共産主義を据えたドストエフスキー作品…

2-07『精霊たちの家』イサベル・アジェンデ/木村榮一訳

今心が何も信じられないまま 外の野原は、ようやく長い眠りから目覚めようとしていたし、夜明けの光がまるでサーベルのように山々の頂きを切り裂いていた。日差しを浴びてぬくもった大地からは、夜露が白い水蒸気となって立ちのぼり、まわりの事物の輪郭をぼ…

『それでも世界は文学でできている』沼野充義編著

いつまでも君に捧ぐ だからいい要約かどうかは別にしても、要約することにはその作品のエッセンスを自分なりに掴むという効用がある。(p.157) <<感想>> 読むと詩を読みたくなる素晴らしい本。 前作【過去記事】、前々作【過去記事】に続く第三弾。本書の概要…

『魅惑者』ウラジーミル・ナボコフ/後藤篤訳

空と君とのあいだに 夢によくあるように、この細部には何かしらの意味が煌めいている。(p.516) <<感想>> 本作は、未来永劫公平な評価をされることはないだろう。細かい経緯は後で背景欄に示すが、本作は『ロリータ』【過去記事】の習作的な作品として位置づ…

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ 物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309) <<感想>> いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。 「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』…

『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ふたり出会った日が少しずつ思い出になっても Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee. Ta. ロリータ、我…

『やっぱり世界は文学でできている』沼野充義編著

新しい世界のドアを開く勇気 どんなに親しい友人でも、恋人でも、あなたの代わりに本を読んではくれない。(p.354) <<感想>> 読むと外国語の勉強がしたくなる素晴らしい本。 前作『世界は文学でできている』【過去記事】の続編である。本書の概要は前作の記事…

『世界は文学でできている』沼野充義編著

愛のままにわがままに 読書というのはそんなふうに自由な運動であるべきものです。ある一つの作品を読んで、そこに凝り固まっておしまいにするのではなく、そこからまた別の世界が広がってくる、つまりいままで面白く思えなかったものががぜん面白く読めるよ…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

『ソーネチカ』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

かじかむ指の求めるものが 今回ロベルト・ヴィクトロヴィチが描いたのは何から何まで白い静物画数枚で、そこには「白」の本質について、フォルムについて、絵画の基礎を左右する質感について、それまで彼が苦労して考えてきたことがいろいろ映しだされていた…