ウラジミールの微笑

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の全巻読破を目指します

1-01『オン・ザ・ロード』ジャック・ケルアック/青山南訳

カウンター・カルチャーの「王道」

とつぜん、気がつくとタイムズ・スクエアだった。アメリカ大陸をぐるりと八〇〇〇マイル(12785km)まわって、タイムズ・スクエアに戻ってきていた。ちょうどラッシュアワー時で、ぼくの無邪気な路上の目に、ドル札めざして何百万人もがひしめきあうすさまじい狂気とすごいはったりのニューヨークが飛び込んできた―ひっつかむ、奪う、与える、溜め息をつく、死ぬ、そしてロングアイランド・シティの彼方のろくでもない墓場のような街のどこかに埋葬される。(p.148)

≪感想≫

全30冊の1冊目にして、いきなりの鬼門。

なぜなら、どうもアメリカ文学に対して、水が合わない思いを抱いているからである。

でも、全冊買ったのは、自分からチョイスすることのなかったであろう作品を読むことに魅力を感じたから。予断を排して読み進める。

 

結果、本書には共感ができなかった。読書の目的は共感ではないけれど。

序盤を読み進めているうちには、自分が歳をとって、すっかり「タイムズ・スクエアの住人」になりきってしまったのか思い込み、すっかり落ち込んだ。

 いや違う。そもそも幾分か無軌道だった若い頃でも、きっと共感はできなかった。

そう、本書の帯の惹句には「不滅の青春の書」とあるが、そうではないんだ。本書は「古き悪しき青春の書」か、「過ぎ去りし世代の青春の書」でしかありえない。

先般、ボブディランがノーベル文学賞を受賞した。ボブディラン自身も本書に多大な影響を受けた一人というが、受賞時のディランの態度に関する騒動と、それに快哉を叫ぶオジイサン達にどことなく違和感を覚えた。

 本書の若者たちは、エスタブリッシュメントたちの価値観に乗り切れないが、結局はお定まりのセックス、ドラッグ、音楽、そしてスピードに埋没していく。

こうした若者たちは、今の世の中にだって一定程度はいるだろうし、むしろ本書以降極めて王道的な「グレ方」でさえある。

しかし、90年代に多感な頃を過ごした酒鬼薔薇君世代の私には、どうにもこうした価値観は、古臭い、ともするとイケてないものに映る。

実際、パリピって言葉だって、「リア充」と同じで、どことなく揶揄の色彩を含んでいる。しかも、この言葉は、エスタブリッシュメントからの異物規定の語というよりは、どちらかというと若者言葉のはずだ。つまり、いまの若者たちだって、パリピな生き方を自分たちの世代のイケてる価値観として受け入れていないのだ。

私は社会学者ではないから、じゃあわれわれ世代のカウンター・カルチャーが何なのかはピンとこない。ただ私の実感としては、15歳児にバイクを盗まれる人の悲しみや、夜の校舎で壊された窓ガラスを補修する人たちの怒りを恐れる、より内向的で、より陰鬱なカルチャーだと思う。

少なくとも私にとっては、本書よりは『地下室の手記』のがよっぽど青春の書だ。

ただ、本書が20世紀という時代の一つの断面であることは間違いなさそうだから、きっとこのチョイスは間違っていない。

本書を手に取る人は、本書に代表される価値観との距離によって、少し自分の輪郭をはっきりとさせることができそうである。

 

お気に入り度:☆☆

人に勧める度:☆☆☆

 

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

 
 ≪背景≫

1957年発表。舞台は1940年代のアメリカ。

ティファニーで朝食を』が1958年だから、作者ケルアックはカポーティの同時代人であり、フィッツジェラルドヘミングウェイの後続の世代。

オン・ザ・ロード』は"ビート・ジェネレーション"の代表的著作と言われているから、その意味でも"ジャズエイジ"のフィッツジェラルドの後続にあたる。

 ≪概要≫

物語はアメリカ版弥次さん喜多さんである。

当世風にいうとパリピであるディーン(弥次さん)とサル(語り手、喜多さん)との旅情記である。

構成は5部構成。それぞれ複数の章立てから成り、各部各章に題は付されていない。

第1部から第4部までは、目的地と参加メンバーを異にする4つの旅のお話である。

第1部14章:NY→NYの大陸一周

第2部11章:NY→フリスコ(サンフランシスコ)

第3部11章:フリスコ→NY

第4部6章:NY→メキシコシティ

第5部は後日譚といった体で、章立てがなく、数ページで終わる。

≪本のつくり≫

訳文は自然であり、違和感なく読み進めることができた。

特に物語の中で重要なキーワード"ビート"については、訳語・訳文にカタカナルビを振る形式で原語がその変化形であることが示されており、わかりやすい。

訳注は豊富。巻頭にアメリカの地図と、おおよその旅程図が示されているのがよかった。アメリカの地理によほど明るくない限り、こうした配慮はありがたい。