明日の月日のないものを
第2集読了からは約4か月。順調にあちこち浮気してようやく第3集も読み終わった。
今回は別に全体総括の記事を用意しているため、この3集について書くか迷ったが、せっかくだから書いてみることにした。
作品数が4作+短編という構成になるため、まとまった論及はしにくい。そこでまず、長編の4作についてのみ簡単に属性分析を行う。
ランキングについてもここまでくると無粋な感もあるが、せっかくだから書いておこう。
作家の属性分析
まずは性別から。
男性3人、女性1人である。
短編集の人数を数えるのは大変だが、圧倒的に男性優位だったように思う。その中では、コレクションⅠ所収のトニ・モリスンが光り輝いていた。
続いて出身地別分布は次のとおり。
なんか謎に東欧に偏重しているのが面白い。
ただし、ポーランドとして数えた一人はコンラッドであり、彼はどちらかというとイギリス(人)として数えられている。カプシチンスキもコスモポリタンな人であり、やはり二十世紀の作家は越境的である。
お気に入り分布
恒例の主観的ランキング。私にとって価値があるのは私にとって価値がある本なんだ!!
- ☆☆☆☆☆ 0作品
- ☆☆☆☆ 2作品
- ☆☆☆ 2作品
- ☆☆ 2作品
- ☆ 0作品
たった6冊しかないのに☆4が二つもあるのはかなりの僥倖。
お気に入りランキング&短評
能書きは第1集と第2集の記事で書いたので、今回は早速本題へ。
第一位:『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄・阿部優子・武井摩利訳
圧倒的ダークホース。正直読む前はどうせ池澤氏の物好きだと思っていたのが完全に白旗である。
『黒檀』の記事をアップしてから知ったが、やはり多くの人が同じ感覚を抱いたようで、本全集の中でも傑作に数えられているようだ。
優れた文章でずんずん読ませるアフリカのルポルタージュ。だが、決して単に事実の伝達者に留まらず、読み手を思索へと誘う力強い作品。
殆ど付けない「人に勧める度」☆5であり、読まれていない方にはぜひ読んでいただきたい。
お気に入り度:☆☆☆☆
人に勧める度:☆☆☆☆☆(本全集屈指のおススメ作品)
第二位:『苦海浄土』石牟礼道子
本全集のラスボスこと『苦海浄土』である。周知のとおり水俣病に取材した文学作品であるが、その枠に押しとどめてしまうのは作品の価値を毀損する。
本作はもともとそれなりに有名であったと思うが、池澤氏が「世界文学」を冠する本全集に採録したことによって、新たなる権威付けがされたように思われる。
この全集に採録される前に、一部にあたる部分を読んでいたため、概ね知っていたつもりではあった。しかし、やはり内容が内容であるし、ただ読むだけならともかく、それを咀嚼して感想という名の文章に起こすのにまぁ苦労したのを覚えている。
お気に入り度:☆☆☆☆
人に勧める度:☆☆☆☆(日本語での創作を考える人へ)
第三位:『わたしは英国王に給仕した』ボフミル・フラバル/阿部賢一訳
この☆3という奴が一番悩ましところで、面白いは面白いし、凄い読んでよかった感じはするけれど、無人島に持っていくならこれじゃ寂しいよね、的な?
それでも4番打者だけじゃ野球ができないように、たまにはこういう本を読んで、「あー、面白かった!」となる時間も必要だ。
レストランの給仕であった語り手の立身出世譚の裏側に、歴史的背景や著者の哲学がかおる、誰が読んでも面白いと思えるようなお話。
お気に入り度:☆☆☆
人に勧める度:☆☆☆☆☆(万人に勧めやすい良作、但し、性描写強め。)
第四位:『短篇コレクションI』フリオ・コルタサル他/木村榮一他訳
もうこれは感想に書いたとおりの玉石混交。ただし玉があるのが救いで、その玉が大変すばらしい。コルタサルの「南部高速道路」は読んでいる人が多いと思うが、トニ・モリスンの「レシタティフ―叙唱」はこの短編集でしか読めない。
★を付けた「冬の犬」よりも後日振り返って思い出すことが多いのが「猫の首を刎ねる」。フェミニズムのむずかしさか、あるいはガラスの天井の正体か、見事に描いている。
お気に入り度:☆☆☆
人に勧める度:☆☆☆(トニ・モリスンが他書で読めません!)
第五位:『短篇コレクションⅡ』アレクサンドル・グリーン他/岩本和久他訳
コレクションⅠ以上に激しい玉石混交。というか正直石ばっかし。20世紀ヨーロッパに限ったとしても、もっと良い短篇があった気がするのだが、どことなく内向的、内省的、自虐的で陰鬱とした作品が多い。あるいは池澤氏の趣味なのだろうか。
逆に良かった作品として挙げると、トレヴァーやウエルベックなど。深い!とか感動した!とかすげえ!とかより、上手い!と思う作品。この他、ベルには惹かれる一文があった。
何より、ファジル・イスカンデルを知ることができたのは収穫だった。
お気に入り度:☆☆
人に勧める度:☆☆(コレクションⅠのが面白い!)
第六位:3-03『ロード・ジム』ジョゼフ・コンラッド/柴田元幸訳
いやーこいつはまいったね。ほんと文学というのは文体と物語の掛け算なんだなと思う。フォークナーしかり、コンラッドしかり。物語がつまらないとは思わないんだけど、文章がいけないんだよ。文章が。
ファンの方には申し訳ないが、厚塗りフォークナーと蛇足コンラッドというのが私の印象。言葉をケチるジョイスとか、重要なことだけ書かないナボコフ先生みたいな文章でお願いします。
物語自体は海洋冒険譚と見せかけて、名誉感情や、他者評価に関する主題が中心。19世紀小説的に読むことも20世紀小説的に読むことも許されそうだ。
お気に入り度:☆☆
人に勧める度:☆☆
総括
いまとなっては覚えている人も少ないかもしれないが、池澤全集ははじめは2集24冊という予定で刊行が始まった。好評につき、なのか、最初から予定されていたサプライズなのか、急遽追加としてラインナップされたのがこの3集6冊である。
人気作家、古典作家、ルポルタージュ、日本の作家、短篇集と、次々に変化球を繰り出したのがこの3集で言って良いだろう。
この3集の作品を見るだけでも、20世紀世界文学の豊穣さが伝わり、企画はひとまず成功と言えるように思う。
本文にも書いたとおり、特に強火で勧めたいのは『黒檀』である。また『短篇コレクションⅠ』は、そのボリューム、作家勢の層の厚さ、作品傾向の幅の広さから、あらゆる読書傾向の人に対応できそうだ。1冊で小さな池澤宇宙を作っているともいえ、この全集の中で最初に手に取っても良いかもしれない。
・第1集はこちら
・第2集はこちら