ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

1-08②『やし酒飲み』エイモス・チュツオーラ/土屋哲訳

アフリカの叙事詩

わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。(p.419)

<<感想>>

☆1個にしようと思って感想を書くのは難しい。

☆3個というのは、可もなく、不可もなく、といったある意味では消極的な評価だ。他方、☆1個というのは、積極的に不可をつけていることになる。

そうすると結局、どうしてこの作品が☆1個に足りうるのかという問いが生じ、☆5作品の感想を書くのと同様に自身の文学観の輪郭を意識せざるを得ないからだ。

 

さて、本作はいわゆる幻想文学的な作品だ。すなわち、ただフィクションであるだけでなく、カフカ残雪ブルガーコフのように、現実世界の物理法則を超越してプロットが展開される。しかし、そうかといって本作を「カフカ的」と評するのには抵抗を覚える。ここに挙げた作家の作品のように、寓意であったり、人間本性に沈潜していく視点が感じられないからだ。

むしろ、本作の非現実性は、神話や伝説の世界と現実の世界が未分化であることからくる混沌とした世界観に根差している。つまり、イリアスアエネーイスのような叙事詩や、北欧神話のような物語に近しい*1

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)

 

*1:特に強く思い出したのが、大学の講義で読まされたコイツだ。

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1-08①『アフリカの日々』イサク・ディネセン/横山貞子訳

いかさま師ディネセン

イギリスのおだやかな風景のなかの小川と、アフリカの山地の尾根とのあいだに、デニスのたどった生涯の道がある。その道が曲折し、常軌を逸していると見えるのは目の錯覚である。彼をとりまく環境のほうが常軌を逸しているにすぎない。イートン校の橋の上で弓絃は放たれ、矢はひとつの軌跡をえがいて飛び、ンゴング丘陵のオベリスクにあやまたず命中した。(p.386)

<<感想>>

20世紀の小説家は重い荷物を背負わされている。

生まれながらにして、偉大な19世紀という課題を与えられているからだ。

これは、「小説家」の部分を、作曲家、画家、哲学者に置き換えても成立しそうだ。

この課題に応えるため、シェーンベルクは調性を捨て、ピカソは人体を四角くし、ニーチェはハンマーを振り回した。

 

それでは小説家はどうしたのか。

手法は19世紀のまま、20世紀の主題を扱うという回答も勿論ありだ。

しかし、これまで本全集の中で見てきただけでも、クンデラブルガーコフ残雪などはその形式においても20世紀を試みている。

本作『アフリカの日々』は、そうした意味ではクンデラの作品―方法論に似ている。

 

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)

 
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勝手に宣伝「ナボコフ・コレクション」

新訳出来!

 

twitterでやれ。といわれそうだけど、アカウントを持っていないのでブログで。

一か月ほど前だろうか。amazonナボコフ先生の新訳情報を持ってきた。

気を効かせてカートにでも、いや自宅の宅配ボックスにでも入れておいてくれていれば良かったが、技術はまだそこまで追いついていないのでとりあえずぽちっておいた。

そこでおととい届いたのがこいつである。 

 

いまでは手に入りづらいが、ナボコフの初期作品の中でも論及されることの多い『キング、クイーン、ジャック』が読める、と思って楽しみにしていた。

これが、届いてびっくり。なんと、5巻組の作品集の第1集のようなのだ。

慌てて新潮社の公式サイトを調べたが、各巻にどの作品が所収されるのかなどの情報が乏しい・・・。

『ロリータ』の新訳などは、海外文学オタクというニッチな世界ではそれなりの話題にはなった。それにしてもはたしてナボコフ先生クラスの作家で、しかもハードカバーという形式で、本が売れるのだろうか・・・。そして新潮社には売る気があるのだろうか・・・。

ということで、せっかく先生の名前を冠したブログなのだから、ほとばしる期待と、勝手な宣伝と、所収作品を紹介する気の早い短評とを記しておく。

なお情報は、第1集の帯や巻末に記載された内容に拠るが、帯には同時に内容に変更の可能性がある旨の付記もある。

 

第1集:「マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック」新訳!

ロシア語時代の長編が2編。デビュー作と第2作に相当する。

双方とも英語版からの邦訳は既訳がある。しかし、本作はロシア語からの翻訳だ。

前者は旧訳が1982年、後者は1977年だ。いずれも待ち望んだ新訳である。

(奈倉有里訳/諫早勇一訳)

第2集:「ルージン・ディフェンス/密偵」新訳!

こちらもロシア語時代の長編が2編。第3作と第4作に相当する。

双方とも英語版からの邦訳に既訳がある。ただ、こちらも今回はロシア語からの翻訳だ。

後者はともかく、『ルージン・ディフェンス』については、つい最近(2008年)に新訳『ディフェンス』(それも若島御大の訳)が出たばかりだ。果たして買い手がつくのだろうか・・・・。なお題名の違いは翻訳の差異であり、作品自体は同じものだ。

後者の既訳は1992年が最後だ。当時、題名は『目』と訳出されたが、『密偵』と同じ作品だ。この作品については未見のため、どうして『目』が『密偵』になったのかは知らない。

(杉本一直訳/秋草俊一郎訳)

第3集:「処刑への誘い/ほか戯曲2篇」新訳!

戯曲の詳細は不明だ。ロシア語時代の長編『処刑への誘い』については、これもまた英語版からの既訳があるが、ロシア語からは初訳になるようだ。ちなみにこちらはロシア語長編8作目。5,6,7作目がぶっ飛んだのは、大人の都合だろうか(都合1都合2都合3)。

同作品については、やはり『断頭台への招待』という題が定着している気がする。『キング、クイーン、ジャック』と同様、こちらも論及されることの多い作品であり、新訳が待ち望まれる。

(小西昌隆訳/毛利公美沼野充義訳)

 

第4集:「賜物/父の蝶」後者は初訳!

ロシア語長編9作目は『賜物』だ。そう、『賜物』である。

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集第2集第10巻(2010年)所収の『賜物』である。

訳者は同じ沼野御大の名が記されているから、中身は基本同一だろうが、一応帯には[改訂版]と書かれている。同全集の中では注目を集めた方だろうから(願望)、二匹目のどじょうを狙ったのだろうか?興味を持つ人はすでに持っているだろうし、果たして売れるのだろうか・・・

この度は、本作品集の趣旨を理解してくれた河出書房新社さんのご厚意に与り、拙訳に改訂を加えた上で本作品集に収録をした。いまのうちにあとがきを代わりに書いておきました。

皮肉めいたことを書いたが、私は当然買います。

同時に収録される『父の蝶』という作品については、寡聞にして知らない。本邦初訳のようである。かなりの長さを誇る『賜物』とセットにして、どのくらいの厚さになるのかが気になるとこである。

(沼野充義訳/小西昌隆訳)

 

第5集:「ロリータ/魅惑者」後者は新訳!

ロシア語長編10作目、そして最後が『魅惑者』だ。こちらもロシア語版からの初訳らしい。既訳は1991年が最後だから、こちらも楽しみな一作だ。本作は、『ロリータ』の原型になったとも評される。

だからなのだろうか?本作には『ロリータ』が収録されている。

どこから突っ込めばいいのだろう・・・。

まずそもそも、『ロリータ』は、本作品集のほかの作品と異なり、英語で執筆された作品である(まさか、ナボコフ自身のロシア語版を底本とするわけではないだろうし。)。

その点で、本作品集のほかのラインナップから見れば、本作は異色である。翻訳についても、一応[増補版]とはあるものの、新訳ではなく、既に大定番となった若島訳である。

若島訳といえば、2005年に新潮社からハードカバーで出版されるや、2006年に速攻で新潮文庫化されたのでお馴染みだ。同作品が待望の再ハードカバー化である!

ナボコフの圧倒的代表作が『ロリータ』であるのは間違いないだろう。とどのつまり、『ロリータ』が本作品集に登載されたのもきっと大人の事情だ。

とかなんとかいいつつ、私は増補部分だけで8,000円と言われても買います。

(若島正訳/後藤篤訳)

作品集全体に関するコメントも。『アーダ』の超絶素晴らしい装丁を見たあとだからだろうか?ちょっと装丁がさみしく感じる。本作品集とよく似た企画である「ガルシア=マルケス全小説」(こっちにはちゃんと特設サイトがあるじゃないか!!あと、『百年の孤独』はあと何年ハードカバーで売るんだ!?)と同様、カバーを剥くと洋書風のシックな体裁になるようだ。

皮肉めいたこともちょっぴり書いたけど、この記事でいいたかったことはただ一つだ。

新潮社さん、ありがとうございます。楽しみにしています。

『子供部屋のアリス』ルイス・キャロル/ジョン・テニエル絵/高橋康也訳/高橋迪訳

最初のハンバート、最初のアリス 

さて、いったいどうやったらからだをかわかすことができるか、だれも知りませんでした。でもドードー*1がーとてもかしこいトリなんですーいちばんいい方法は、ヤタラメきょうそうをやることだといいました。

<<感想>>

当ブログのテーマは海外作品を中心とした「文学」である。

従って、普段であれば娘に買い与えている本は当ブログでは紹介しない。

しかし、この本は例外だ。

本書は、後世の文学作品に極めて強い影響を与えたルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の翻案作品だ。

「アリス」の翻案作品といえば、ディズニーのアニメ作品が圧倒的に有名だろう。しかし、ディズニーのような"紛い物"と違って、本書は"本物"だ。

なぜなら本書は、原著者ルイス・キャロル自身の手による翻案なのだから。

子供部屋のアリス (挿絵=テニエル)

子供部屋のアリス (挿絵=テニエル)

 

*1:このドードーのモデルはキャロル自身である

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