ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

『8歳から80歳までの世界文学入門』沼野充義編著

少女の頃に戻った夢

・・・すべてが絶望に覆われそうになっても、それでも消すことのできない希望の光もあることはわかっています。・・・文学には希望がある。私が言いたいのはそれだけです。(p.10)

<<感想>>

読むと日本文学が読みたくなる素晴らしい本。

『世界は文学でできている』【過去記事】のシリーズ第4弾*1。今回も5名の対談相手と、世界文学についての対談が繰り広げられる。

本巻でのお相手はほぼ小説家と翻訳者とその兼業者で占められ、学者は源氏物語の研究者兼翻訳者であるマイケル・エメリック氏ただ一人という構成である。研究者推しの私としては寂しい限りである。しかも、唯一の研究者であるエメリック氏との対談が、沼野先生の授業の一環として行われたものであったためか、ややボリューム不足であった。

このため、全体としてこれまでの3作品に比べると、やや物足りない内容である。とはいえ、魅力的な話も随所に見られため、以下ではその一部をご紹介する。

1.池澤夏樹

当ブログでもお馴染みの池澤氏である。

ちょうど対談の時期が、池澤夏樹=個人編集日本文学全集の刊行開始前の時期であったようで、話題の中心もその中身である。私はもともとガイブン派で、当ブログで取り上げている世界文学の次に日本文学全集が刊行開始となると聞いたときも、いまいち食指は動かなかった。

しかし、やはりこう対談で中身を聞くと、ちょっと興味をそそられるものである。面白いなと思ったのが、日本が歴史上内戦ばっかりで、近代に至るまで対外戦争をほとんど経験していないことが、文学作品の傾向にもあらわれているという指摘である。確かに、叙事詩や神話は、古代の対外戦争の記憶から作られているものが多く、我が国にそれに類するものはない。では、戦争以外の何が書かれてきたのか。

それと恋愛というテーマが主流だったこと。李白杜甫は恋の詩を書いていません。儒教の世界では恋愛というのは君子が論ずべきことではなかった。(p.39)

ひとしきり日本文学の話題が終わった後には、世界文学全集の話題も。同全集の中でのイチオシを問う質問に、池澤氏の答えは、『アメリカの鳥』【過去記事】。・・・うーん、この。

対する沼野先生の答えは『巨匠とマルガリータ』【過去記事】。まさか自身が訳された『賜物』【過去記事】と答えるわけにはいかないと考えると、納得のチョイスである。

2.小川洋子

どうも大変に有名な方のようだが、私は日本の現代作家にはさっぱり疎く、存じ上げなかった。作家との対談の場合、どうしても自作や創作に関する話題が多くなり、私には退屈なのだが、その中にも面白い言及があった。

一つ目は、『アンネの日記』の読みについてである。小川氏は、これを歴史的な証言としてではなく、閉ざされた狭い場所に閉じ込められた人間の状況を描く文学作品として読んだという。これは鋭い指摘で、さすが作家の読みである。

もう一つは創作についての言及。

少女を書こうとするとどうしても自意識がでてきてしまうんですね。少女がどれほど醜い心をもっているか、十分に知ってしまっているので、私の小説の中では、少年に活躍してもらいたい(p.94)。

ご本人は皮肉の意図はないのだろうが、これはなかなかキツい指摘である。ぜひ宮崎勤カントク*2にご指導されたい。

3.青山南氏、岸本佐知子氏、マイケル・エメリック氏

青山氏は『オン・ザ・ロード』【過去記事】他訳書多数の翻訳者。評判のいい『中二階』他訳書多数の翻訳者。マイケル・エメリック氏は源氏物語の研究者である。

残念ながらとくにこれ!というポイントはなかったが、実は今回のサブテーマに「文学のなかの子ども」というものがある。そして、このテーマのために、各登壇者がいま子ども達に勧めたい作品を挙げている。さすがに一流どころの方々がお勧めされるだけあって、どれもこれも子どもに読ませたいばかりか、自分でも読みたくなるような作品ばかりである。我が家の8歳児にはまだちょっと早いものも多かったけど、そのときのためにリストに保存をしておいた。

 

最後に、もしかして本書の白眉はあとがきかもしれない。

外国での文学教育の在り方とか、興味深い話が多い。

何より沼野先生の文学に対する思いが良い。やはり翻訳は他者理解の始まりである。

 

・このシリーズの1作目はこちら

池澤夏樹=個人編集世界文学全集の全巻読書もやってます

*1:「対話で学ぶ<世界文学>連続講義」というシリーズ名があったらしい。

*2:あれ何か違いました?