ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

2-07『精霊たちの家』イサベル・アジェンデ/木村榮一訳

今心が何も信じられないまま 外の野原は、ようやく長い眠りから目覚めようとしていたし、夜明けの光がまるでサーベルのように山々の頂きを切り裂いていた。日差しを浴びてぬくもった大地からは、夜露が白い水蒸気となって立ちのぼり、まわりの事物の輪郭をぼ…

『それでも世界は文学でできている』沼野充義編著

いつまでも君に捧ぐ だからいい要約かどうかは別にしても、要約することにはその作品のエッセンスを自分なりに掴むという効用がある。(p.157) <<感想>> 読むと詩を読みたくなる素晴らしい本。 前作【過去記事】、前々作【過去記事】に続く第三弾。本書の概要…

『魅惑者』ウラジーミル・ナボコフ/後藤篤訳

空と君とのあいだに 夢によくあるように、この細部には何かしらの意味が煌めいている。(p.516) <<感想>> 本作は、未来永劫公平な評価をされることはないだろう。細かい経緯は後で背景欄に示すが、本作は『ロリータ』【過去記事】の習作的な作品として位置づ…

2-06②『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳

ここではないどこかへ 物語を支配するものは声ではございません、耳でございます(p.309) <<感想>> いやー、まいった。この作品はまぁよくわからない。 「幻想的」な作品なら、残雪の『暗夜』【過去記事】があったし、「不条理」であれば、カフカの『失踪者』…

『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ふたり出会った日が少しずつ思い出になっても Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee. Ta. ロリータ、我…

『やっぱり世界は文学でできている』沼野充義編著

新しい世界のドアを開く勇気 どんなに親しい友人でも、恋人でも、あなたの代わりに本を読んではくれない。(p.354) <<感想>> 読むと外国語の勉強がしたくなる素晴らしい本。 前作『世界は文学でできている』【過去記事】の続編である。本書の概要は前作の記事…

『世界は文学でできている』沼野充義編著

愛のままにわがままに 読書というのはそんなふうに自由な運動であるべきものです。ある一つの作品を読んで、そこに凝り固まっておしまいにするのではなく、そこからまた別の世界が広がってくる、つまりいままで面白く思えなかったものががぜん面白く読めるよ…

2-06①『庭、灰』ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳

恋愛観や感情論で愛は語れない あの父の天才的な姿がこの話から、この小説から消えてしまってから・・・、歯止めがきかなくなってしまった。・・・今やたががはずれ、話の葡萄酒、果物の魂は流れ出し、それを皮袋にもどし、話にまとめ、クリスタルのグラスに…

『ソーネチカ』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

かじかむ指の求めるものが 今回ロベルト・ヴィクトロヴィチが描いたのは何から何まで白い静物画数枚で、そこには「白」の本質について、フォルムについて、絵画の基礎を左右する質感について、それまで彼が苦労して考えてきたことがいろいろ映しだされていた…

『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』ミハイル・シーシキン他/沼野充義・沼野恭子編訳

キラキラと輝く大地で <<感想>> ヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマ!ヌマ!ヌマヌマ! 狂ったのではなくて、これは歓喜の雄叫びだ。そして多少なりとも狂っている…

2-05『クーデタ』ジョン・アップダイク/池澤夏樹訳

Imagine there's no countries おまえはエクソンによって抹消され、ガルフに巻き込まれ、アメリカによって押しつぶされ、フランスによって公民権を剥奪される。(p.264) “You will be Xed out by Exxon,engulfed by Gulf,crushed by the U.S.,disenfranchised…

2-04『アメリカの鳥』メアリー・マッカーシー/中野恵津子訳

あのひとのママに会うために 「田舎の店って、ただの配給センターなの?」と母はわめいた。「それなら社会主義のほうがましね。ポーランドやハンガリーみたいに国営店のほうが」ピーターは眉をひそめた。鉄のカーテンの向こう側で演奏して以来、母は共産主義…

『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フローベール/芳川泰久訳

ようやく、愛妻、某ジャクソン夫人 一度、昼のさなかに、野原の真ん中で、日射しがもっともきつく古びた銀メッキの角灯に当たっていたときに、小さな黄色い布の窓掛けの下から、一つの手がにゅっと出て、破いた紙切れを投げ捨て、それが風に乗ってずっと遠く…

2-03②『軽蔑』アルベルト・モラヴィア/大久保昭男訳

振り返れば奴がいる 「だけど、昨日きみはこの住居が好きだって言ったじゃないか」 「あなたを喜ばすために言っただけよ・・・。あなたこそこの家に執着していると思ったから・・・。」(p.302) <<感想>> 既婚男性にはツラい小説である。 それは本作が、妻に…

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』奈倉有里著

ロシア的倒置法 ペテルブルグのエレーナ先生の授業で詩を教わってから、詩は私にとってずっとエレーナ先生がくれた魔法の続きだった。(p.122) <<感想>> 『SLAM DUNK』という漫画がある。 何も今更説明するのもなんだが、ジャンプでバスケな国民的漫画作品で…

2-03①『マイトレイ』ミルチャ・エリアーデ/住谷春也訳

バッドエンド至上主義 「アラン、見せたい物があるの」と、最高にへりくだったメロディアスな声で言った。(へだてのない言葉遣いができるように彼女はベンガル語で話していた。二人称が you 一つしかない英語の平板さが不服だった。)(p.102) <<感想>> 文明…

2-02②『カッサンドラ』クリスタ・ヴォルフ/中込啓子訳

闘いからの卒業 アンキセスはかつて言っていた。ギリシャ人にとって、あのいまいましい鉄の発明よりもっと重要なのは、感情移入の才能であったかもしれないのにな、と。ギリシャ人は、善と悪という鉄の概念を自分たちばかりに適用しているわけではない。そう…

『ルーヂン』イワン・ツルゲーネフ/中村融訳

SAY YES この間、ある紳士と一緒に渡船でオカ河を渡ったことがありましたが、渡船がけわしい崖についたので、馬車を手で引き上げなければならなくなりました。紳士のは恐ろしい重い幌馬車なのです。渡し人夫たちがその幌馬車を岸へ引き上げようとしてふうふ…

『失われた時を求めて』第5篇「囚われの女」マルセル・プルースト/吉川一義訳

認識論的、蒐集的 朝、顔はいまだ壁のほうへ向けたまま、窓にかかる大きなカーテンの上方に射す日の光の筋がどんな色合いであるかを見届ける前から、私にはすでに空模様がわかっていた。通りの最初の物音が、やわらかく屈折して届くとそれは湿気のせいにちが…

『イリアス』ホメロス/松平千秋訳

ぼくたちの失敗 麦を打つ聖なる庭で、農夫らが箕をゆすり、黄金の髪の五穀の女神が、吹きつける風に任せて、実と籾殻を選り分ける時、籾殻の山は次第に白く盛り上がる―御者が絶えず戦車を旋回させ、再び戦線に加わらんと疾走する馬の蹄が、兵士らの間を青銅…

『失われた時を求めて』第4篇「ソドムとゴモラ」マルセル・プルースト/吉川一義訳

過ぎ去った季節に置き忘れた時間を おびただしい数の青いシュジュウカラが飛んできて枝にとまり、花のあいだを跳びまわるのを花が寛大に許しているのを目の当たりにすると、この生きた美も、まるで異国趣味と色彩の愛好家によって人為的につくりだされたかに…

2-02①『失踪者』フランツ・カフカ/池内紀訳

若き失踪者のアメリカ 「そのことじゃないんです」 と、カールは言った。 「正義が問題なんです」(p.37) <<感想>> 『失踪者』である。『アメリカ』ではない。 私は学生の頃、本作のタイトルを『アメリカ』として認識していた。これは文庫で出ていた訳本が『…

2-01②『サルガッソーの広い海』ジーン・リース/小沢瑞穂訳

名前をつけてやる 「あれは白いゴキブリの歌。私のことよ。彼らがアフリカで身内から奴隷商人に売られてやってくる前からここにいた白人のことを、彼らはそう呼ぶの。イギリスの女たちも私たちのことを白い黒んぼって呼ぶんですってね。だから、あなたといる…

『ジェイン・エア』シャーロット・ブロンテ/河島弘美訳

残酷なブロンテのテーゼ 「ジョージアナ、あなたみたいに虚栄心が強くて愚かな生き物が、この地上に存在するなんて許されないわね。生まれてくるべきじゃなかったのよ。人生を無駄にしているんですもの。」(下巻、p.39) <<感想>> 『ジェイン・エア』は、多く…

『失われた時を求めて』第3篇「ゲルマントのほう」マルセル・プルースト/吉川一義訳

君は、刻の涙を見る われわれは自分の人生を十全に活用することがなく、夏のたそがれや冬の早く訪れる夜のなかにいくばくかの安らぎや楽しみを含むかに見えたそんな時間を、未完のまま放置している。だがそんな時間は、完全に失われたわけではない。あらたな…

『ディフェンス』ウラジーミル・ナボコフ/若島正訳

ヘッセじゃないほうのクヌルプ 「唯一の出口だよ」と彼は言った。「ぼくはゲームを放棄する」(p.260) <<感想>> 「かまいたちの夜」というテレビゲームをご存知だろうか。 もとは確かスーパーファミコンのソフトとして発売されたのだと思う。 ゲームなど知ら…

原作『失われた時を求めて』愛読者が観た映画「スワンの恋」

インターミッション 公開セミナー「新訳でプルーストを読破する」【過去記事】の公式twitter【参考リンク】にて、映画「スワンの恋」がテレビ放送されると知ったので、せっかくだから鑑賞してみた。 ところで、私は普段ほとんど映画は見ない。このため、俳優…

潜入レポート:公開セミナー「新訳でプルーストを読破する」(2017~2019)

セミナー参加録 先日(2018年8月26日)、プルーストの『失われた時を求めて』に関するセミナーに参加させていただいた。 最初にどさっとそのセミナーの基本情報をご紹介したい。 名称:公開セミナー「新訳でプルーストを読破する」 司会:坂本 浩也 教授(立…

『処刑への誘い』ウラジーミル・ナボコフ/小西昌隆訳

ナボコフ ドストエフスキー殺しの文学 ・・・私は犯罪的な直感で、どう言葉が組み立てられ、どうふるまえば、日常の言葉が賦活され、隣からその輝きや熱や影を借り、みずからも隣の言葉に反映しつつ、それをそうした反映によって一新させる―おかげで行全体が…

2-01①『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ/鴻巣友季子訳

時間よ止まれ 諸行は無常であり、すべては変わりゆくが、しかしことばは残り、絵も残るのだ。(p.230) <<感想>> ヴァージニア・ウルフというと、付きまとって離れないいくつかのイメージがある。 曰く、「モダニズムの旗手」だとか、「意識の流れ」を用いた代…