ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

002『イエメンで鮭釣りを』ポール・トーディ/小竹由美子訳

電話やメールじゃなんだから ああら!あなたはもうわたしのことなんか忘れちゃったんだと思ってた。 いくらイエメンでも、インターネットカフェへ立ち寄ってちょっとメールするくらいのことができないだなんて、言わないでよね。最近どこかへ行っていて、だ…

001『ジーザス・サン』デニス・ジョンソン/柴田元幸訳

銀の龍の背に乗って 「お前らにはわからんのだよ。チアリーダーだろうがチームのレギュラーだろうが、なんの保証もありやしないんだ。いつ何がおかしくなっちまうか、わかったもんじゃないのさ」と、自分も高校でクォーターバックか何かだったリチャードが言…

精読『ダブリナーズ』―03「アラビー」

<<前置き>> ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の読書会である"Deep Dubliners"用のメモ。今回は第三回目、"Araby"こと「アラビー」である。なお、いつもどおり訳語は柳瀬訳に拠ることにする。 この記事の目的や本作読解の方針、参考文献などは初回記事を…

066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス/鼓直訳

きっかけは錯覚でもいいから 「聖書を信じるくらいですもの。わたしの話だって信じるはずだわ」(p.346) <<感想>> 今回は、だいぶ昔に読んだ作品の再読をしてブログのコンテンツを充実させるシリーズの第?段『百年の孤独』。そう、傑作である。 猫ならまだし…

039『歩道橋の魔術師』呉明益/天野健太郎訳

今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ 「・・・小僧、いいか。世界にはずっと誰にも知られないままのことだってあるんだ。人の目が見たものが絶対とは限らない。」(p.19) <<感想>> 珍しく引用、それも長いものからはじめてみたい。 一か月後の同…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

『幸福なモスクワ』アンドレイ・プラトーノフ/池田嘉朗訳

And let me play among the stars 「俺は別に、」とコミャーギンは言った。「俺はだって、生きているわけじゃない、俺はただ人生に巻き込まれただけなんだよ、どうしてだか、この件に引っぱり込まれたんだ…でもまったく無駄にね!」(p.106) <<感想>> これは…

『サイラス・マーナー』ジョージ・エリオット/小尾芙佐訳

たとえ世界が生き場所を見失っても ・・・そもそも自分の性には合わない優雅な職につきたいと日ごろから願っている人間に、自分の身の丈に合っていた職を捨てさせてみるがいい。その人間は必ずや、お恵み深い僥倖を崇めたてまつる宗教に凝るようになるだろう…

精読『ダブリナーズ』―02「出会い」

<<前置き>> ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の読書会である"Deep Dubliners"用のメモ。今回はその2回目で、"An Encounter"こと「出会い」である。なお、訳語は指定図書であるところの柳瀬訳に拠っている。 この記事の目的や本作読解の方針、参考文献…

065『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂訳

だからまだ ここで光が差すまで 家具を焼き、何千という本を焼き、絵画は全部焼いた。絶望があまりに深くなったある日、とうとうこのムクバル族を壁から下ろした。絵を掛けていた釘を引き抜こうとした。・・・そのときふと思った。この小さな釘が壁を支えて…

『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ/西村英一郎訳

あの日 目を覆った 隣のあなたは微笑む 戦争やイスラエルの国境での紛争でマスカリータに弾があたっていないように、私はタスリンチに頼んだ。(p.148) <<感想>> 文学などという一介のエンターテイメントが、なぜ大学で研究なぞされているのだろうか。 それは…

ナボコフ全短篇③―その他の初期作品 ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

あの日生まれた恋心 『ナボコフ全短篇』シリーズの3回目。今回は、アメリカで出版された4つの「一ダース」に収録されていない16作品、「その他」編である。 「一ダース」に収録されなかった理由は、VN本人がセレクトしなかった作品、発表されていたが逸…

『ナボコフ全短篇』②「独裁者殺し」ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

夢にまで見た淡い夢 前回の「ナボコフの一ダース」相当の13作品に引き続き、今回は4つの「一ダース」から「独裁者殺し」相当の作品を取り上げたい。 内容としてはロシア語時代の作品が12個に、英語時代の「ヴェイン姉妹」を加えた構成となっている。勢…

『ナボコフ全短篇』①「ナボコフの一ダース」ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

シャガールみたいな青い夜 経験上、短篇集の感想を書くのは大変だと知っているので、これまで避けていた作品集。 しかし、今回この鈍器オブ鈍器、作品社の漬物石【参考リンク】こと『ナボコフ全短篇』を再読する機会が訪れたので、これを気にブログで取り上…

完読総評! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 全冊

輝く時間を分けあった あの日を胸に今日も生きている 2017年7月13日に最初の一冊を読んで、約5年半もかかったこの企画。途中に『失われた時を求めて』を再読したり、ナボコフ・コレクションを読んだり、まるっきり初心者から1年かけて将棋の段位を…

総括&お気に入りランキング! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集

明日の月日のないものを 第2集読了からは約4か月。順調にあちこち浮気してようやく第3集も読み終わった。 今回は別に全体総括の記事を用意しているため、この3集について書くか迷ったが、せっかくだから書いてみることにした。 作品数が4作+短編という…

3-06『短篇コレクションⅡ』アレクサンドル・グリーン他/岩本和久他訳

変わりゆく街は明日なき無情の世界 さて、短篇コレクションも2冊目。とうとう本全集最後の1冊となる。 前回同様、概要/背景/本のつくり欄も省略で、書きたい部分だけ各作品の項目で触れることにする。また、本巻は2023年4月現在まだ手に入るようだが、各作…

『路上の陽光』ラシャムジャ/星泉訳

ナツメロのように聴くあなたの声はとても優しい ぼくが子どもの頃、村の年寄りたちは日向ぼっこをしながらマニ車を回していた。その頃はまだ、時という風は今ほど速くはなかった気がする。昼と夜は年寄りたちが回すマニ車のように繰り返しやってきて、果てし…

精読『ダブリナーズ』―01「姉妹」

<<前置き>> 2023年-2025年の計画で行われているジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の読書会である"Deep Dubliners"に参加しています。その準備として『ダブリナーズ』の全15短編について、各短編ごとの記事を書いていく予定です。 目的はもっぱら読書会…

072『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル/堤幸訳

ほんの一夜の物語を行こう! 「すでに記されていて、書き換えることのできないものに乾杯!」(p.18) <<感想>> イラン文学、である。 しかし、この物語をイラン文学と規定するのは、同じくイランに出自を持つ『千一夜物語』をイラン文学と規定するのと同じだ…

水平読みと垂直読みについて

この世はでっかい宝島 ワインのテイスティング用語で、水平試飲と垂直試飲という言葉がある。 水平試飲というのは、ヴィンテージを固定した上で、同じ畑の違う生産者のワインとか、同じ生産者の畑違いのワインとかを飲み比べることをいう。垂直試飲というの…

3-05『短篇コレクションI』フリオ・コルタサル他/木村榮一他訳

二人ここから 遠くへと逃げ去ってしまおうか 冒頭に引用が来ないとしっくりこないね!でも、アンソロジーなので、引用は各作品の項目ですることにしました。また今回は概要/背景/本のつくり欄も省略で、書きたい部分だけ各作品の項目で触れています。 本巻は…

035『エウロペアナ 二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一・篠原琢訳

いつのことだか思い出してごらん ドイツ人は毒ガスを発明し、イギリス人は戦車を発明し、科学者は同位体元素や一般相対性理論を発見した。この理論によると、形而上学的なものは一切なく、すべては相対的であるという。(p.5) <<感想>> 「二〇世紀史概説」で…

3-04『苦海浄土』石牟礼道子

生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに 海の上はほんによかった。じいちゃんが艫櫓ば漕いで、うちが脇櫓ば漕いで。 いまごろはいつもイカ籠やタコ壺やら揚げに行きよった。ボラもなあ、あやつたちもあの魚どもも、タコどもももぞか(可愛い)とばい。四…

『バベットの晩餐会』イサク・ディーネセン/桝田啓介訳

好きなの?って訊けたらいいのにね すぐれた芸術家というものは、お嬢さま、みなさんにはどうしてもお分かりいただけないものを持っているのです(p.91) <<感想>> だいぶ前に『アフリカの日々』を読んでお気に入りだったディーネセン。 このブログにも何度か…

『トリストラム・シャンディ』ロレンス・スターン/朱牟田夏雄訳

行儀よくまじめなんて出来やしなかった かりに私が・・・私の統治する王国をえらぶことをゆるされたとしたら、・・・私は心から笑う国民たちの国をえらびましょう。・・・私がもう一つ私の祈願に加えたいのは――神がわが統治する国民たちに、陽気であると同時…

3-03『ロード・ジム』ジョゼフ・コンラッド/柴田元幸訳

HEART燃えているなら 後悔しない 「・・・嘘ではない、けれど真実でもない。何というか・・・。真っ赤な嘘だったらすぐわかりますよね。この事件、正しいことと間違ったことの間には、紙一枚の幅もなかったんです」(p.143) <<感想>> 私以外にもそういう人は…

『ネイティヴ・サン』リチャード・ライト/上岡伸雄訳

線をひかれた ここからキミ入れないと 映画館では、努力せずに夢を見られる。やらなければならないのは、座席の背もたれに寄りかかり、目を開けていることだけ。(p.27) <<感想>> 怖い怖い怖い怖い。本作の第一部のタイトルはそのまま「恐怖」。 何が怖いって…

『世界文学アンソロジー いまからはじめる』著者27名/編者5名

帰りたくないから止めないで 世界文学を読むとは、実はそのようなぐらぐらした、不安定な流れの中に身をゆだねることなのです。たとえるなら、きっちりとしたかたちのあるものではなく、不断に更新されるソフトウェアなのです。(p.14,まえがきより) <<感想>…